第223話 西園寺 葵②
「その程度の霊術の習得にいつまでかかってるの! 」
「……ごめんなさい、お母さん」
私の母は優しい人だったんだと思う。でも、愛する娘と夫を立て続けに失えば、きっと誰でもこうなるんだろう。
彼女は私にとっては、ある面では憧れではあった。
彼女はイギリス人だ。私の金髪も、その遺伝子から貰った宝物。いつも美して、背中に針が通ったように真っ直ぐに背筋を伸びしている母が、私の理想とする女性だった。
だから、厳しい修行を課されても恨むことなんてできなかった。むしろ、母のために尽くせない自分が嫌になっていたのだ。
毎日のように殴られて、叱責されても、私はきっと家族を愛せていた。
でも、向こうはそうでも無かったのかもしれない。
「お母……さん……? 」
ある朝目覚めると、私の手足は拘束されていた。手術台のような所に寝かせられて、高熱を出した時のように頭がボーッとする。
朦朧とする意識の中、こちらを見下ろしている母の姿が目に映る。
「葵、ごめんね。もう、これしかないの」
「お母……さん……? 何持ってるの? 」
彼女の手に握られていたのは、白柄の小刀。確か、姉が使っていたものだった。
その鋭く尖った切っ先が、私の肩に当てられた。
何か言う暇もなく、刀が体の中に押し込められる。
絶叫した。抉られている、斬られている。噴き出た血が、顔にまで飛んできた。
刀はそのまま胸を裂き、腹を切り開いて腰にまで到達する。
「うああああああああああ!!! 痛い、痛い! お母さん、
何に対しての謝罪かも分からないけど、口をついて言葉が自動的に飛び出す。
体を動かすことの出来ない私は、痛みの発散場所を声に求めたのだ。自分自身の鼓膜が破れるかというほど、私はとにかく絶叫した。
肩から腰にかけて大きく切り裂かれた傷。それを更にえぐるようにして、腹の中に何かを入れられる。
「が、あ! お母、さん、止め……! 助け、お姉ちゃん……! 」
気絶することも許されない、感じたことのない激痛。意識は飛びかけているのに、寸前の所で引き戻される。
母の手が抜かれた瞬間、痛覚の次にやってきたのは、熱さだった。
肉体の奥底から込み上がる、抗いようもない熱。ドクン、ドクン、と心臓の鼓動が早鐘を打ちながら、全身に送る血液の量が増す。
そして覚える、違和感。あれだけの傷を受けた後だというのに、そんなことはおかしい。
私は、空腹感を覚えていた。
とにかく、とにかくお腹が空いた。
何でも良かった。何か食べたい。何か、お肉が食べたかった。
いつの間にか自由になった手足を振り乱して、食糧を探す。
ちょうど、見つけたのだ。自分と同じくらいに大きな肉を。
私は夢中でそれを押し倒して、むしゃぶりついた。悲鳴も、そしてそれが人であるということも、私は忘れていた。
***
何時間経ったか、あるいは数分か、時間感覚が崩れていた。
目を開けた時、もう痛みも熱も空腹感も無かった。
ただ、私の目は辺り一面に広がる、大きな血溜まりと、そしてそれが自分にもかかっていることを、余すことなく映し出した。
「なに、これ。お母さん! お母さん! 」
見えない母の姿を探そうとして、床に手をつくと、サッカーボール位の大きさをした、何か歪な形をしたものが、手に当たった。
それに、視線が移ってしまった。
「え……? お母、さん? 」
頭だけになった、母の頭。目は完全に上を向いていて破れた場所から、脳みそが飛び出している。
「お母さ、ん? 」
慌てて彼女に駆け寄ろうとした時、ゴリっと口の中で硬いものが動いた。
手を入れて、それを引っ張り出す。
ブローチだ。そう、いつも母がつけていた。
瞬間、全部思い出した。
「あ、あああああああ、ああああああああ!!! 」
気持ち悪い。なのに、胃の中からは何もでてこない。
親を食い殺したなどと、誰がすぐに信じられるだろうか。私の脳は、すぐさまその事実を否定した。
「違う違う違う違う違う違う違う」
私じゃない。きっと私じゃない。
でも脳内に残る記憶フォルダは、「お前がやった」と言い続けている。
ドタドタと誰かが部屋の中に入ってきた所で、ようやく私の意識は途絶えてくれた。
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