第213話 本音

「なにチンタラ、そんなところでふんぞり返ってるのよ。夜子さん、葵」


 2人は窓を背にして、夜子さんは長官用の椅子に深く座って。葵は机にもたれかかって立っていた。

 まるで私が来ることが分かっていたように、なんら驚く素振りも見せない。


「夜子さん。あなた何がしたかったのよ! まさか、その椅子に偉そうに座ることが目的だったとは言わせないわよ! 」

「あら、もう聞いたでしょ? 龍神を……」

「龍神で何をするつもりなのかって聞いてんのよ! 」


 空亡から聞いた話では、龍神は邪神だ。目覚めたら何をするか分かったもんじゃない。

 しかし、一方で強大な力が備わっていることもまた事実であろう。

 夜子さんは椅子から立ち上がって、窓の外を見た。


「……こんな世界、間違ってると思ったから」


 淡々とした口調で彼女は語る。

 いつもは雲みたいにふわふわした人だが、この時ばかりは、確固たる意志を感じさせた。


「誰かの犠牲で成り立つ。そんな世界は無くなってしまえばいい」

「犠牲って……」

「龍神の巫女のことよ」


 振り返った彼女の目は、私とその横に立つ空亡をキッと見据えた。

 蛇のように鋭く、悪魔のような迫力を持った眼だ。


「紗奈がなんで死んだか、知ってる? 」

「当たり前でしょ! 青目の空亡に……」

「違う。本来のあの子だったら、完全復活していない空亡なんかに負けない」


 私の言葉を遮って、彼女はそのまま続ける。


「弱ってたのよ。龍神のせいで」

「え? 」

「呪いのことは知っているでしょ? 龍神は自分に合う器を探すため、呪いに耐えうる肉体を持った巫女を選別しているの。そのおかげで、巫女は代々短命よ」


 その声は静かだった。静かだったが、確かに怒気を孕んでいて、拳は固く握られていた。


「討魔庁はそのことを把握した上で、巫女を選んで呪いを被せるの。龍神を怒らせず、封印を維持し続けるためにね。あの子は、その社会システムに殺されたのよ」


 夜子さんの傍らで彼女の話を聞いていた葵が、指を立てて印を結び出した。


「できることなら、莉子ちゃんには来ないで欲しかった。あなたは、紗奈の形見だもの。でも、もうチャンスは無いの」


 そこまで言って、彼女は腕をこちらに向けた。


「お願い。葵ちゃん」


 私と空亡の周囲に結界が構築される。閉じ込めるためのものでは無い。

 強度を極限まで上げた結界で、私達を押しつぶす気なのだ。


「どいつも、こいつも……」


 夜子さん、葵、空亡、そして私。様々な顔が浮かび上がる。

 みんな嘘と誤魔化しばかりだ。誰もが誰にも相談しない。話さない。


 夜子さん達は、私を助けたいのに世界は滅ぼしたくて、空亡は私を守りたいけど、なんで守りたいのか分からない。

 私は、本当の自分のことを分かって欲しいって思ってるのに、本音は言わない。


「もう沢山! 自分の嘘も! 他人の嘘も! 空亡、壊して! 」


 破壊された結界の破片が視界に映る。こんな時だって言うのに、キラキラしていて綺麗だと思った。

 私はそのまま葵を思いっきり殴りつける。

 両腕でガードした彼女を、勢いで押して、2人で窓を突き破って外に出た。


 ビルの中でもかなり高い場所にあった部屋だ。

 東京の夜景が眼下に広がっていく。


「悪事だろうがなんだろうが、中途半端なことしてないで、本当にやりたいことやれよ! 」


 私もお前らも、みんなズルいだけだ。

 自分の醜い部分が分かってるのに、それを見たくないから嘘で固めて、周囲に吐露することを嫌うのだ。

 もう止めよう。私も止める。


 今はただ、この子の本音が聞きたい。


「あなたの全部、私に教えて! 葵! 」

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