第210話 凶弾

 ――京都府、とあるホテル。


「うぅん、どしたん? 拓真たくまはん」

「トイレ行ってくる……」


 裸の体にバスローブを纏ってから、西郷は今川を寝かしたままベッドから立った。

 丁度3歩ほど歩いた頃だった。


 コンコン、と軽く部屋のドアが叩かれる。


「お客さんさんやろか? 」

「おいおい、今何時だと思ってんだ……」


 虫の居所が悪そうに、やや乱暴に西郷はドアを開け放つ。


「おい、部屋間違えてる……」


 パシュン。

 何かが空を切るような音がして、西郷の体が大きな音を立てて後ろ向きに倒れた。


「っ!? 拓真は……」


 パシュン。

 もう1度、同じ音がなる。

 今川の背後にあった窓に、赤いカーテンがかかった。


 ***


 ――長野県、とある廃工場。


芙蓉ふようさーん。いましたよー」

「よくやった朝水あさみ


 下級妖怪による人攫ひとさらい。彼女たちにとっては簡単な任務だ。

 文句があると言えば、どう考えても特殲に以来する任務では無いことである。


 その工場は既に捨てられていた。

 にも関わらず、何に使うのかも分からない、プール程の大きさの溶鉱炉だけは、彼女達の横でさかんに燃えている。


「おい、大丈夫か? 」

「……」


 工場現場で使う、黄色いヘルメットを被った男性は、膝を抱えて座ったきり何も言わない。

 余程ショッキングだったのか。そう考えた芙蓉は彼に手を差し伸べる。


「ほら、立てるか? 」


 男はこくりと頷いて、その手を取る。彼女がそれを引いて、無理やり立たせた。


 炸裂音が響く。朝水は聞き覚えがあった。芙蓉がよく使う武器の音。

 銃声だ。そう思い至るまでに時間はかからなかった。


「芙蓉さん!? っ!! 」


 慌てて、朝水は相棒の元へ駆け寄ろうとした。しかし、突然に何者かが彼女の体を押す。


 ――もう1人!?


 気を取られすぎた。バランスを崩した彼女は、真っ直ぐに溶鉱炉に落ちていった。

 不死身と言われる彼女でも、溶鉱炉の中では治癒をしても即座に致命傷を負う。彼女の治癒術も、意味をなさない。


 ***


 ――福岡県、とある商店街。


 悠聖ゆうせいは頭を悩ましていた。夕食のことである。

 大食らいの妻であるあかねの舌を飽きさせないよう、彼はいつも頭を捻っている。

 その茜はというと、店先に並んだフルーツを眺めていた。フルーツを買おうと、彼女の前を横切る人間はいない。

 悠聖はそれに違和感を覚えた。


 商店街はいつも人でごった返している。

 この日もそうだった。さっきまでは。


「人が、居ない……? 」


 店前で大声で客を引く店主も、値切りを図る客も、通行人までも、忽然と煙のように姿を消していた。

 何か不安になって、彼は妻の元へ駆け寄った。

 そして彼女の手を取る。その時だった。


 轟音と共に爆風が吹き荒れ、すぐに2人を焼き付くした。


 ***


「官房長官、報告が」

「なんだ」


 内閣の主要大臣の中で、唯一無事だったのがこの男。

 官房長官、飯嶋いいじま 和也かずなり。白髪に染まったオールバックを乱しながら、彼はシワが深く刻まれた顔を歪ませた。


「今川 明菜あきな西郷さいごう 拓真、香月こうづき 芙蓉、東雲しののめ朝水、加賀かが 悠聖、加賀 茜。特殲6名が死亡した模様です」


 ――――――――――――――――――――


 あとがき


 今回も読んでくださってありがとうございます。実は「妖の巫女」ももう終盤です。

 どうか最後までお付き合いください。

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