第209話 討魔の乱②

 女が目を覚ますと、そこは薄暗い牢の中だった。

 小さな簡易ベッドにトイレ、それ以外は何もない。冷たいコンクリートに覆われていて、丁度映画で見るような独房に似ていた。


「私は……」

「おはよう。美緒みお

「葵……! 」


 ドアに付けられた格子窓から、ひょっこりと見知った顔が覗く。

 それなりの期間、彼女の補佐役としてサポートをしたのだ。暗い中でも、顔も声も間違えるはずはない。

 助けに来てくれたのだと、彼女は必死にドアに駆け寄った。


「葵、私聞いちゃったの! 夜子さんが……」

「あぁ、それなら大丈夫。空亡の力で記憶を処理してもらって、美緒はちゃんとに解放するから」

「は……? 」


 彼女はまるで、一条夜子の裏切りを知っているかのような態度だった。


 ――あの時の電話の相手……!


 美緒は賢かった。

 瞬時に情報の点を線で結んで、結論を導いた。


「あなた、まさか……! 」

「……」


 暗い中の格子越しでは表情はよく見えない。彼女は黙りこくって、おそらく美緒の顔をジッと見ていた。


「どうして! もしかして、烏楽のことも企みの一貫なの!? なんで、あなたはそんなことする人じゃ……」

「……バイバイ。絶対に生かして帰すって約束するから。手荒な真似もさせない。そこは心配しないで」

「あっ! ちょっと、ねぇ! 待って! 」


 葵の姿はすぐに暗がりの中に消えて見えなくなった。


 ***


 ――道祖神市。


「おい、どうする。夜子が向こう側の人間だとは誰も知らない。長官は死んで、討魔庁の本部には補佐官もいるはずだ。そこも制圧されたとなると……」

「討魔庁の権限を持っているのは、夜子さんだけ……」


 おそらくこれが目的なのだろう。

 今後、神野しんのと青目の空亡がどこに妖怪を出現率させ、どこで興亡派を暴れさせようが、夜子さんが「動くな」と命じるだけで討魔庁は封殺できる。


 でも、希望はある。

 公務員である討魔官にとって、上司の命令は絶対である。

 ただ、その討魔官の中でも最高の実力を持ち、それ故に仮に少しくらい命令に背いたとしても、お咎め無しでいられる存在。

 特域殲魔課だ。


 今まで出会ってきた特殲は、いくら命令されたからと言って、目の前で起きている殺戮を放置しておけるような人間ではない。

 彼女たちにこの事を伝えれば、協力は得られるかもしれない。


 と、私はそこまで考えた結果、1つの仮説を思いつく。

 夜子さんが、そんな危険因子をそのままにしておくだろうか。


「っ! ねぇ、奏多ちゃん! 他の特殲に連絡取れる!? 」

「あ、あぁ。すぐにでも」

「早く繋いで! 皆、消されるかもしれない! 」


 万が一特殲が自分に対して反乱などしようものなら、いくら空亡がいても対処は容易ではない。

 用意周到な彼女のことだ。既に手が回っている可能性すらある。

 でも――。


 ――でも、どうして夜子さんと葵は、私達を殺さなかったんだろう。私が邪魔になることなんて、分かってるはずなのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る