第181話 空亡㉜ 龍神

 秋の過ごしやすさは瞬く間に過ぎ去り、草木は目を閉じる季節になった。

 蓬莱家には変わらぬ日常が流れ、時々やってくる妖怪退治の依頼を受けては夫婦2人でそれをこなす。腕が鈍る気配は無い。


「そういえば、亡さん達って姓が無いのですよね? 」


 亡と空には姓が無い。あるのは名前だけだ。そのため亡も神楽と婚約を結ぶ際は、婿入りする形をとった。


「まぁな。俺たちは親の顔も知らん。物心ついた時には2人だった。どこの家の出身かなど、分かるわけもない」

「しかし、あれだけの武勲を立てたのですから、帝から姓の1つぐらい与えられてもおかしくないのでは? 」


 亡は少し冷めたお茶を一気に飲み干して、眉をひそめる。


「貴族や武士みたいに堅苦しくなるのはごめんなんでね。卑しい身分の方が宮仕えにならなくて済む」


 彼らは宮中での生活というものに、ことさら苦手意識を持っていた。

 外から見ればきらびやかだが、実態は派閥や権力闘争など、泥のようにおどろおどろしいものだ。あれに混ざるなど、考えただけで身の毛が逆立つ。


「ふふっ、お2人らしい考えです」


 ふと外を見ると、天から白い雲が降ってくる。


「おや、もう雪が降る季節ですか」

「今年も、もう終わりだな」


 並んで座る2人の境界に、1本線を引くようにして、雪が降っていた。


 ***


 積もった雪を手ですくうと、途端にそれが溶けだして水になる。

 その少女の持つ熱ゆえに。


「晴明よ、なぜ巫女に秘密を伝えた」


 晴明の額に汗が流れる。

 天下一の霊術師と言われる彼が、目の前のたった1人の少女に、手を震わせていた。

 彼女が振り向くと、首元で切りそろえられたおかっぱが揺れる。大きな黒い瞳が、彼を捕らえるようにして見つめていた。


「そ、それは……」

「この体ではちと見にくいのう、膝をつけ」


 彼女がそう口に出した途端、晴明の両膝は地に崩れ落ちた。完全に膝まづく姿勢になっている。


「なぜ話した? 言え」

「自分の、体のことゆえ、知ってはならぬ道理は……」


 彼の首が途端に締まる。

 そのまま宙に浮く。誰も触れてはいない。しかし、彼の首にはどんどん力が込められる。


「かっ、はっ……! 」

「我はなんだ? 言ってみよ」


 晴明は息を詰まらしながら答える。


……」

「よかろう」


 彼の体を持ち上げていた力が消えた。

 地面にへたりこんで、久しぶりの空気を吸う。


「まぁ、我は寛大だ。別い良い。あの者の体も我には適さぬようじゃからな」


 少女はまたくるりと向きを変える。


「気が変わった。今日から呪いの種類を変える」

「か、変える……? 」

「もっと効率的に、我に適した体を持つ巫女を探す。まぁ、それでも何千年かかるか分からぬが、今よりはマシじゃろう」


 彼女の口元が大きく持ち上がる。


「あの女には、耐えられぬであろうがな」


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