第178話 空亡㉙ 守神の巫女

「なんでお主なのじゃ」


 自らの邸宅の縁側で、頬を膨らませながら麗姫は目の前の空に文句を言う。

 迷子の九尾狐が出たというので、捜索に友人たちの手も借りようとしたが、神楽と亡は近隣の下級妖怪の退治に出ており、来れたのは空1人だけだった。


 といっても、迷子自体はすぐに見つかったので問題は無い。

 しかし、神楽を目当てに呼び寄せた麗姫にとって、来たのが彼1人というのは、機嫌を損ねる

 には十分であった。


「悪かったな。男で」

「全くじゃ。あぁ神楽よ、なぜ亡を選んでしまったのじゃ。およよ……」


 彼女は袖で目元を隠しながら涙を浮かべる。

 妖怪達も呼び寄せた“秘密裏”の第2の婚姻の儀の時も、彼女はさぞかし悔しそうに爪を噛んでいた。


「人の弟の妻を取るなよ」

「……それは、亡次第じゃな」

「おいおい……」


 呆れるように息を吐いた後、空は彼女の隣に腰掛けた。


「して、相談事というのは」


 実は、空からも九尾の頭領に相談があったのだ。


「それが……」


 ***


 空の屋敷、応接間で神楽はかしこまって座っていた。


「で、話って? 」

「それが……」


 言いにくそうに手を組み合わせながら、彼女は言葉を探る。心なしか顔が赤い。


「亡と喧嘩でもしたか? 」

「いいえ! そのようなことは……。夫婦仲睦まじく暮らしています。義兄あに様」


 意を決したように息を吐くと、彼女は話を切り出す。


「で、出来ないのです……」

「なにが? 」

「あの、その、こ、子供が……」


 空は飲んでいたお茶を吹き出してむせ返った。


「お前! なんてことを……! 」

「な、何度も体は重ねているのに……、いっこうに……」

「弟夫婦の営み事情を聞かされる俺の身にもなれ……」


 最初は下世話な話かと思ったが、彼女の様子を見るに真剣な相談だと認識を改めた空は、咳払いを1つしてから真面目に答えた。


「個人差があるだろ、そういうのは」

「それもそうなのですが、私の体は特殊でして」

「特殊? 」


 神楽はコクリと頷いた。


「“守神もりがみの巫女”は、その身に龍神様の加護を宿します。その影響があるのでなないか、と」


『守神の巫女』、それが彼女に与えられた役目である。

 日ノ本全土に巡る龍脈の力の源である龍神を守り、そしてその加護を受ける者。


 旅が終わってから聞かされたことだ。


「しかし、俺も詳しくは知らないしな……」

「申し訳ございません、このような話、他の方にするのは少し気恥ずかしくて……」


 空は思いついたように膝を打った。


「よし! 今度麗姫のところに行くから、その時聞いてきてやろう。長生きしてる妖怪なら、何か知ってるかもしれん」

「えぇ!? で、でも……」

「あいつだっていい歳してんだ。何も気にしないだろ」

「……分かりました。お願いします」


 ***


「と、いうことなんだ」

「亡めぇ、神楽を手篭めに。ぐぬぬ……」

「手篭めって……、夫婦なんだからそりゃするだろ」


 麗姫はイラつきながらも、神楽のためであると真剣に考える。

 しかし、彼女にも『守神の巫女』のことはよく分からない。


「妾にもよく分からん。だが、手がかりを知っていそうな者なら紹介できる」

「おう! ありがたい! 」

安倍晴明あべのせいめいは、知っておるだろ? 」


 安倍晴明、道長のお抱えの霊術師である。

 純粋な霊術に関する技量であれば天下一と称される、まさに達人。

 既に80近い高齢だが、未だに現役であるらしい。


「知ってはいるが、会ったことは無いな」

「神楽も知らぬと思うが、あやつは守神の巫女の管理者でもある。裏で巫女の選定までやっているからの。巫女のことであれば、知らぬことは無いはず」


 普通は宮仕えの霊術師に会うなど、簡単にはできない。

 しかし、空の知名度や勇名をもってすれば容易く接触できるだろう。


「ありがとう。恩に着る」

「ふん! 亡に伝えておけ。背後に気をつけろとな! 」


 ――これは、冗談だよな?

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