第177話 空亡㉘ 2人の時間
妖怪三大部族を平定し、都へと帰還した神楽達の噂は、人間の間にも知れることとなった。
彼女達が頭領を降す度に人里への妖怪による被害は減少し、今では強力な妖怪達はすっかり寄り付かなくなっている。
道長に呼び出されたり、帝に謁見したりと大忙しではあったが、その忙しない日々もすぐに過ぎ去って、彼女達の間にはゆったりとした時間が流れていた。
神楽は度々社にやってくる亡と共に花を見たり、茶を飲みながら語らったりする新しい日常にどっぷりと浸かっていた。
今日も見事な満月を見ながら、酒の入った盃を一緒に傾けていた。
「少し飲みすぎじゃないですか? 」
「き、気にするな! そういう気分なんだ! 」
亡はもう、これで瓢箪4つは飲んでいる。元々酒に強いのか、泥酔しているという程では無いが、かなり酔っている。
最初は不思議に思っていた彼女だが、次第に彼の心を見透かすと、揶揄うような口調へと変化していった。
「緊張でもしているんですか? ふふっ」「そ、そんなことは……」
彼女は彼の様子が面白くて、また笑みをこぼすと、旅の日々を懐かしんだ。
「大変な旅でしたね」
「……あぁ、さすがに死ぬかと思った」
「覚えていますか? 旅に出る前のこと」
愛情という思いを知ってみたい。それが、彼女が亡達を旅に誘った動機だった。
「あの時は、頭のおかしい女に捕まったと思ったよ」
「今はどうですか? 」
「存外に優しく、芯のある娘だった」
しばしの沈黙が流れる。
神楽は盃を置いて、亡の目を見てニヤリと笑った。
「で、その先は? 」
彼の喉がごくりと鳴る。
並々と注がれた酒を一気に飲み干して、彼もまた彼女を見た。
「俺は、今は、お前を……、す、す、す、好いている……」
「聞こませんよ。もっと大きな声で言ってください」
亡は天をあおった。月がいやらしくこちらを見ている。
――今は目を閉じていてくれ……。
自然には決して届かない祈りを捧げて、彼はまた正面を向く。
神楽の透き通るような肌と、夜空が映ったような瞳が目に入った。
「好いている。一緒になりたい」
瞬間、神楽が飛びついた。
彼の首に手を回して、唇を軽く重ねる。
「少し、待たせ過ぎでは? 」
「すまない」
「いいえ、そういう生真面目すぎる所、好きですよ」
亡を押し倒したまま、もう一度唇が重なる。
さっきよりも
丁度月も顔を隠してくれた。
「お月様も隠れてしまいました。これで2人きりですね」
「あぁ、そうだな」
次に2人の時間が終わるのは、日が顔を出した時だった。
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