第175話 空亡㉖ 戦

「兄さん、いつの間に八瀬童子とあんなに仲良く……」


 空と八瀬は肩を組み合って共に酒を飲んでいる。何がおかしいのか、鳥が落ちる程の大声で笑いながら、2人して酒で顔を赤くしていた。


「気の良い方でしたね、八瀬さん」


 ***


「だーはっはっはっ!! 参った! 降参だ! がはははは!! 」


 頭をかち割られたというのに、鬼は一向に怒る気配を見せない。

 それどころか自らの敗北を認め、満足気に肩を揺らしている。


「九尾と天狗の頭領を沈めたという話、これならば真実だろう! おい! 」


 彼はすくっと上体を起こして、穴の中に隠れた鬼たちを呼んだ。

 ぞろぞろと中から鬼の群れが集まり出す。


「全ての集落に伝えろ! これからは人を襲うのも、戦も無しだ! 頭領命令だと伝えろ! 」


 最初、顔を見合わせて迷っていた鬼達も、八瀬の表情を見ると、意を決したように返事をしてどこかへ散らばっていく。


「あの、お願いしておいてなんですが、良いのですか? 鬼にとって戦いは替えがたい娯楽だと伺いましたが……」


 痛めた腕を抑えながら、神楽が問う。

 鬼という種族は何より戦いを好む。それを奪われるとなれば、種族全体にとっての一大事である。


「負けちまったもんはしょうがねぇ。それも俺たちの流儀さ。それに、もう戦は十分やったさ。あんた達も知ってるだろ? 」


 3人の脳裏に浮かぶのは、あの大戦おおいくさのこと。

 百鬼夜行ひゃっきやこう――。つい数年前に起きた人と妖怪の未曾有の戦い。

 人も妖怪も多くが死んだ。神楽が妖怪達の平定に乗り出したのも、それが要因である。


 馬鹿な人間が妖怪の殲滅などという蛮行に乗り出したことがきっかけだった。


「あんた、人間だけじゃなく、俺たち妖怪も死なないようにこんな旅をしてるんだろ? 」


 目を俯かせて、神楽は答えた。


「……戦いに出て死にゆくのは、人も妖怪も本望でしょう。しかし百鬼夜行では人妖問わず罪のない子供達までもが、火に焼かれて死んでいきました。半妖の者など特に酷い……」


 百鬼夜行以前は、妖と交わる人間もそれなりにいた。そうして産まれてきた半妖達も、それなりに上手く人間と付き合って生きてきたのだ。

 しかし、戦が始まるとそれは一変した。人間達は、近くに住む半妖達を片っ端から皆殺しにした。もちろん、女子供も区別は無い。


「人と妖怪の共生は簡単なものではありません。完全なる共生は不可能でしょう。それでも、この旅を続けることで、少しでも犠牲が減るのであれば喜ばしいことです」


 八瀬が喉の奥でくくっと笑った。


「俺も、戦そのものは好きさ。ただ、戦う気が無いのなら、そいつは普通に生きていいと思うんだ。戦うだけなら、鬼同士でいい」


 人も妖怪も、案外見ているものは同じなのかもしれない。

 神楽は自身のその考えが、間違いでは無いだろうと確信した。


 ***


「亡さんと空さんも、あの戦に出たのですか? 」

「あぁ、酷いもんだったよ。俺たちの隊には300人の霊術師がいた。だが、俺と兄さん以外は全滅。思い出したくもない」


 ぱちぱちと音を立てて燃える焚き火を見ると、神楽の瞳には戦の炎が映る。


「もう、起こらないといいですね」

「そうだな」


 亡は兄を見る。相変わらず八瀬と肩を組んで瓢箪を高く掲げていた。

 そして、隣に座る神楽の肩へ手を伸ばそうとして、少し迷ってやめた。



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