第173話 空亡㉔ 金剛伏士

「たああああああああああ!! 」


 雄叫びを上げながら放った神楽の拳が八瀬に迫っていく。何食わぬ顔でそれを避けた彼は、腕に妖力を集中させて反撃に移ろうとした。

 しかし、彼の背中に突き立てられた刃がそれを許さない。

 亡の太刀によって腹部までを貫かれたが。妖怪にとっては致命傷にはならないが、当然体力は奪われる。


「くっ! 」

「“閃王一陣”! 」


 鬼が怯んだ一瞬の隙をついて、鞘から抜き放たれた空の刀が、その分厚い筋肉の鎧を切り裂いていく。

 全身に刻まれた傷から、八瀬はようやく自分が斬られたことを知覚した。


「たった1太刀で幾度も切り裂くか! この鬼の体を! 」

「“竜骨”! 」


 まだ終わっていない。そう言わんばかりに彼の腹に向かって拳が突き立つ。

 いかに妖怪の肉体とはいえ、神楽の攻撃を真っ向から受ければ、無傷では済まない。

 2つ折りになったように体を曲げ、遠く吹き飛ばされた八瀬は、1人思案した。


 ――この俺が力で押し負けるとは。あの女、ただの人間じゃないな。


 ***


「あれじゃ、まだ倒れてないですよね」

「あぁ、多分な。兄さん、まだいけるか? 」

「当たり前だろ」


 3人は息を切らしながら、霊力を練り続ける。


「思った通りだ。鬼の体は特別頑丈みたいだが、妖力の強化が無ければ俺たちの攻撃も効果がある」


 空はそう分析した。

 八瀬が体のどこかに妖力を集中させる瞬間、つまり、攻撃の瞬間はこちらにとっても反撃の好機である。


「来ます! 」


 神楽の合図とほぼ同時に、巨体が大地の底から現れた。


「地面を掘ってきやがったか! 」

「“岩砕がんさい”! 」


 神楽の『竜骨』と似た技。しかし、こちらに使われているのは妖力である。

 空はそれを刀で受けることはしなかった。受けても無駄だと理解していた。

 彼の頬をかすめた鬼の拳から発せられた衝撃波は、天高く打ち上げられて爆発する。体が押し潰されそうな衝撃が、3人を襲った。


 ――余波だけで……!


 空は天から降り注ぐ圧力に押されながら、刀を握る手は緩めない。

 ぎゅっ、と再び力を込めてそれを八瀬に振り下ろした。

 だが少し遅い。既に八瀬は自身の肉体に妖力を巡らせて、防御力を上げていた。


「遅い! “金剛伏士こんごうふし”! 」


 再び、その太い腕に妖力が集中される。真上から振り下ろされる鉄拳だが、『岩砕』の余波で体の自由を制限された空にはそれをかわすことはできなかった。


「“幽玄神威”! 」


 しかし、それこそが空の狙い。彼に気を取られている隙をついて、亡がその横腹に向けて大技を放とうと試み。

 八瀬童子は、それを完全に読み切っていた。


「もう不意打ちは効かねぇぞ! 」


 彼の目標は、突っ込んできた亡である。


「まずい! 避けろ亡! 」


 空の声が彼の耳に届いた時には、八瀬の拳が既に目の前まで迫っていた。

 神楽の霊力出力を持ってしても受けきれない威力。まともに受ければ、確実に死ぬ。


 ――しまった……!


 鈍い音が響いて、骨と血が辺りに舞った。


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