第172話 空亡㉓ 鬼の戦い

 竜巻か、あるいは神が吹いた息か。

 そう思わせるほど、八瀬童子が起こした突風は激しかった。鬼共は自分達の住処へと避難し、神楽達は、大地を踏みしめて何とかそれに耐える。


「腕を振っただけでこれか!? 」


 そう。八瀬は妖術を使った訳でもない。彼に固有の能力が備わっている訳でもない。

 ただの素振りだ。それだけで、森林を吹き飛ばし、大地をめくった。


 風圧に押され、目を瞑っていた神楽の眼前に八瀬が迫る。

 振り下ろされる拳を、咄嗟に腕で防ごうとした。


 ――受けたら死ぬ!


 そう咄嗟に判断して、体を投げ出すように避けた。


「“金剛伏士こんごうふし”」


 どん、っという大きな衝撃と共に、空と亡の体が宙に浮いた。

 地面はひび割れ、八瀬の拳が当たった場所は、丸く削り取られる。

 もし神楽が腕でこれを防ごうとしていたら、たちまち体は押し潰され、赤黒いシミを残して粉々になっていただろう。


「なんという力……! 」


 鬼と戦った経験は3人にもあった。しかし、記憶の中のどの妖怪と比較しても、彼の膂力に肩を並べる存在は見当たらない。

 酒呑童子ならあるいは、という所だが、あいにく空と亡もその鬼とは戦っていない。


「“現世”! 」

「“鬼落とし”! 」



 背後から空と亡が同時に斬りかかった。

 彼らの太刀は、確かに八瀬の肉体を捉え、そして当たった。

 だが、高い金属音を奏でながら刃は弾かれ、逆に振り向きざまの蹴りを2人してくらってしまう。

 2人の骨が折れる音が、遠く離れた神楽の耳にも届いた。口から血を吐き出しながら、彼らは木に叩きつけられた。


 ――動けない、たった一撃で……!


 立とうとしても空の足は力が入らず、視界も揺らいでしまう。

 脳が揺られて、上手く霊術も使えない。


「悪いな、人間相手だとどうも加減できん」


 そう言って高らかに笑った鬼は、腰に巻き付けてあった瓢箪から酒を飲み、「かー! 」っと息を吐いた。


「“竜骨”! 」

「うおっ! 」


 下に見られている、そう思ったのだろう。

 神楽が渾身の一撃を放った。鬼の頭領の屈強な肉体を持ってしても、その技を受け止めることはできない。

 八瀬は慌てて体を捻ってそれを避けた。遠くそびえる山にまで、神楽の拳の余波が到達したのが爆発で分かった。


「あっぶねぇ、何だその技は? 竜の骨も砕けそうだ」


 余裕をもって勝てる相手では無い。そう判断した八瀬は、瓢箪を捨てて腕に力を込めた。

 筋肉が盛り上がって、血管が浮き出る。鬼の筋力に妖力の強化が加わり、1層にその迫力が増す。

 元来、鬼は妖術を使うことを好まない。彼らは己の肉体に妖力を流し込んで、身体能力を引き上げて戦う。


 技の九尾、速さの天狗、力の鬼。

 これまで戦ってきた妖怪と同じように、自身の強みを活かしている。


「起きてください、空さん亡さん! 」


 彼女がパンパン手を叩いて2人に呼びかける。


「人使いが荒すぎるだろ」

「お前もあれ食らってみろ、頭がおかしくなる」


 八瀬がニヤリと口元を綻ばせる。


「苦労してるな、お前らも」

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