第171話 空亡㉒ 八瀬童子

 鬼の住居は洞穴の中にある。彼らは自慢の馬力で岩に穴を掘り、その中に住まうのが習性だ。


「で、どうすんだ。この状況」


 神楽達は鬼の群れに囲まれていた。女の鬼も、男の鬼もいて、角の数も様々。

 同じなのは、全員が強力な妖力を纏っている点だ。あの腕に掴まれれば、たちまち全身の骨は砕け、内蔵ごと握りつぶされるだろう。


 神楽が恐る恐る声を出す。


「あのー、頭領様に合わせてくれたりは……」

「ダメだ、俺と戦え」

「いや、俺だ! 」

「私が先だったでしょ! 」

「何を言う! 俺が1番最初に声をかけたのだ」


 彼らが3人を止めたのは、今までの種族のような、頭領に対する忠誠心からでは無い。

 九尾と天狗を打ち負かした人間。その噂は鬼の元まで広まっていた。彼らは戦いたいのだ。強者と噂される神楽達と。


「頭領様が起きる前に、俺と1戦! 」

「いやいや、こんな奴より俺の方が強いぞ! 俺と戦おう! 」

「腰抜けの男共は黙っていなさい! 私とやるのよ! 」


 先程から数十人はいるであろう鬼共が、ぎゃあぎゃあと言い合いを続けている。

 意外と見境なく人を殺すような妖怪では無かったのが安心だが、このままでは日が暮れる。


「あー、頭領と戦った後に1人ずつ相手してやるよ」

「おい、兄さん! 」

「しょうがないだろ? 重労働だが、やるしかない」


 空の言葉に、鬼の1人が口惜しそうに答えた。


「でも、お頭と戦ったらお前らは死んじまうし……」

「負けないさ。それに、もしお前らの頭領に殺される程度の実力だったら、所詮その程度だったってことさ。そんな奴と戦ってもしょうがないだろ」


 鬼はうんうんと唸って、皆一様に小首をかしげながら悩んでいた。

 そして、「うむ! 」と大きな声を出した後、納得したように首を縦に振った。


「それもそうだな! よし、お頭を起こしてくる! 」


 そう言って、無数にある穴のうち、特に大きな穴の中に入っていった。


 それから一刻ほどは待たされた。

 本当に頭領がいるのか、と不安に思った頃、穴の中からのしのしと気怠げに1人の鬼が歩いてくる。


 引き締まりつつも盛り上がった筋肉。頭に生えた日本の角は、美しく天に向かってそびえ立って、の光に照らされた銀の髪は、頭から伸びた尻尾のように、曲がりながら背中まで届く。


「あー、鬼の頭領、八瀬童子やぜどうじだ。なんか用か? 」


 あくびをしながら問いかける鬼には、頭領としての威厳は感じられない。


「今日はお話が……」

「あぁ、あれだろ? 人間を襲うなってやつ」


 神楽の言葉を遮って、鬼は続ける。


「別に構わんぞ」

「え!? 本当に!? 」

「ただし……」


 それまで緩い空気包まれていたその場は、一気に緊張感が支配した。


「俺と戦った後にな」

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