第168話 空亡⑲ 人ならざる者

 斬る。弾かれる。斬る。弾かれる。

 幾度太刀を振るっても、零雨の体には届かない。妖力を纏って強化された腕で亡の刃は寸前で防がれる。

 3発目、4発目と踏み込んで、そのことごとくが防御された時、途端に亡の体が沈み込んだ。


「“龍閃りゅうせん”! 」


 横に払うようにして、神楽が蹴り込む。霊力の塊が横なぎに零雨を襲った。

 今度ばかりは防ぐことはできない。彼の腹には横一文字に切り傷が生まれる。


 しかし、そこは妖怪。何事も無かったかのように、自身に刻まれた傷を無視して突っ込んでくる。

 零雨の意識が神楽に向いた隙に、かがんでいた亡が上に向かって切っ先を突き上げる。


 妖怪の強靭な顎を貫き、脳まで貫いた。

 だが、零雨は止まらない。そのままの勢いで神楽に向けて手刀を振り下ろす。


 重いものをぶつけられた水面のように、赤い液体が天空を彩った。

 ひるむことなく、巫女は反撃に出る。


「“竜骨”」


 確実に当たった。

 まともに彼女の技を受け、零雨は口から血を吐いて後方へ吹き飛ぶ。

 そしてすぐに立ち上がって、口元を手で拭った。


「普通ならば激痛でのたうち回るはず。やはりまともな女子ではないな」


 息こそ上がっているものの、神楽は苦痛を真正面から受け止め、それで戦い続けている。

 治癒術もまともに効かない中でのそれは、尋常の精神力ではできないことだった。


の加護がありますので」


 そう言ってにやりと笑う彼女に、零雨は底知れぬ不気味さを感じていた。


 ――人ならざる儂が、人ならざる者に恐怖している。こやつは何者だ?


 どんな霊術師や妖怪と対峙しようとも怯えなど紙1枚分も見せなかった天狗の頭領が、たかが人間の小娘如きにそれを感じている。

 零雨は産まれて初めて、恐怖で手を震わせただがすぐに拳を握りこんでそれを消すと、猛々しく叫んだ。


「その神ごと、食ろうてくれる! 」


 瞬間的に距離を詰め、神楽の脳天に向かって手刀を叩きつける。

 それはまた、亡によって受け止められた。


はばむか、人間! 」

「くっ! “現世うつしよ”! 」


 零雨の手刀を即座に払い除け、連撃を浴びせる。今度はしっかりと踏み込み、首を落としにかかった。

 零雨もそれに対しては避けるしかない。後ろへ飛び退いた。


 だが、背後には既に、巫女の姿があった。


「っ!? いつの間に! 」

「“竜こ――」

「儂に小細工など通用せぬわ! 」


 体を反転させて力だけの鉄拳で神楽をよろめかす。

 腕が1つ無い状態では、まともに立っていることすら危うい。


「見えているぞ! 」


 神楽は囮。本命は亡。

 それは零雨も勘づいていた。だからこそ、妖力を解放せずにただ力任せに神楽を殴ったのだ。

 貯めた妖力は、腕の中にある。


「“乱風散華”! 」


 彼は向かってくる亡に向かって、妖力を放出しようとした。

 だが、亡は零雨を素通りしていく。虚をつかれた天狗は一瞬だけ反応が遅れた。


「なに!? 」


 亡は空中で体を捻り、神楽に足を向ける。そしてその足を左腕で支える神楽。

 彼女を踏み台にして、勢いをつけたまま零雨に向かっていく。


 太刀の切っ先には、既に妖力と霊力が混ざりあっていた。


「“幽玄神威”」


 先程よりも大きな爆発が、谷を包み込んだ。

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