第167話 空亡⑱ 幽玄神威

 神楽の肘の先からは滝のように血液が流れ出していく。咄嗟に治癒術をかけて何とか流血は止まったが、それでも腕そのものを再生させるのは今は不可能だった。


「っ! お前……! 」


 彼女が自分を庇ったことに驚いたのだろう。亡は目を丸くして駆け寄った。


「お気になさらず。ほんの出来心です」


 そう強がってはみるが、額には汗が滲んでいる。

 血が止まっても傷は治っていないし、痛みを消すこともできない。さしもの蓬莱神楽も、腕を落とされるのは初めての経験だった。


「話している場合ではないぞ」


 空間を縮めたのかと思うほどの高速移動。2人の眼前にまで零雨は一瞬で迫った。

 風の刃を纏わせた手刀を、亡は太刀で受け止める。だが、力は零雨の方が強い。受けた衝撃に負けて腕が下がり、少しだけ肩に敵の刃が食いこんだ。


「“幽世かくりよ”! 」


 亡は体を半身にして、零雨の力を横に受け流す。霊術や妖術では無い、人間の技術による技だった。

 宙に投げ出されるようにして天狗は体勢を崩す。それを見逃さずに、亡は畳み掛けた。


「“現世うつしよ”」


 両腕、両足、そして首。それらを瞬時に斬り飛ばす。強化した体から繰り出される高速の連撃は、天狗の頭領の目を持ってしても捉えきれない。

 だが、踏み込みが甘かった。


 最後に浴びせた首への一撃は不十分で、半ばほどまでしか切断できていない。

 零雨は即座に治癒術を使って、欠損した手足を修復すると共に、亡の腹に手のひらを当てた。


「“かまいた――」

「“竜骨”! 」


 先程見せた、風刃ふうじんによる斬撃。それを零距離で肉体に流し込む。

 まともに受ければ内蔵はバラバラに切り裂かれ、治癒術を使う間もなく死に至るだろう。


 しかし座り込んでいた神楽が、残った左腕で繰り出した拳によって零雨が弾き飛ばされたことで、その瞬間は訪れなかった。


「がっ! あぁ……! 」


 彼女の傷は治っていない。

 急に動き出せば、断たれた右腕も、折られた肋骨も痛み出す。

 折れた骨が肺に刺さったのか、神楽は口から大量に血を吐いて、またその場にしゃがみ込んだ。


「神楽……! くっ! 」


 零雨は追撃の手をゆるめない。再び高速で距離を詰め、弱っている神楽に手刀を向ける。

 亡が太刀でそれを防ぐが、次第に押されていく。


「女を庇うのは良いが、そのざまでは守れんぞ」

「余計なお世話だ……」


 亡は足に力を込める。

 一瞬、両者の力が拮抗した。彼はその隙を見逃さない。


「“幽玄神威ゆうげんかむい”」

「なに!? 」


 霊力と妖力。この2つは非常によく似ている。一方で相反する性質でもある。

 その2つを同時に練り上げ、宿した刀の先で反発させ合うことで、莫大な威力を生み出した。


 大きな雷が落ちたような音を立てながら、刀の切っ先から生まれた力の球体が、零雨を押しながら進んでいく。


「弾けろ――」


 爆発。鼓膜が破れるほどの音と、体が引きちぎれそうな程の衝撃。

 視界にあった森は消え、代わりに大きな穴が生まれた。


「……まだです! 」


 亡がほっと一息をついたところで、穴の底からゆっくりと零雨が浮かび上がってくる。


「中々効いたぞ、人間」

「……化け物が」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る