第154話 空亡⑤
神社の裏手にあった神楽の屋敷にて、彼女と男2人は向かい合って座っている。
少し気まずい空気が流れる中、亡が口を開いた。
「で、道長の手紙に俺と縁談しろって? 」
「そうです」
巫女服から淡い赤色の着物に着替えた神楽は、道長から届いた手紙を2人に差し出す。
確かに、そこには亡との縁談をするよう書かれていた。
「あの爺め。あなたももっと拒否した方が……」
「私とて、そろそろ身を固めたい年頃です。それに、人の身でありながら妖力を宿すというあなたのこと、気になりましたので」
彼女はずいと体を乗り出して、亡の顔をじっくりと観察する。
少し赤らんだ頬を隠すように、彼は少しだけ後ずさりした。
「確かに、あなたには妖力が宿っています。これは珍しい」
「分かるのか? 」
「私は妖力と霊力を見ることができるんです。あなたの体からは、その両方が漏れだしている」
彼女は体を元の位置まで戻して、コホンと咳払いを1つした。そして、今度は空の方を見た。
「兄君の方も、随分と強力な霊力を持っておられる。さぞお強いのでしょう」
それから目を閉じて、「なるほど」と何かに納得して、彼女は目を開く。
「道長様は、あなた達と私の子を見たいのでしょう」
「子を? 」
「はい。強い霊術師同士を掛け合わせて、より強い者を産み出す。あの方が考えそうなことです。それで……」
彼女の視線は再び亡に移る。
その視線の意味を呑み込めず、亡は小首をかしげた。
相手にされていないと感じた空は、1人寂しく茶をすすっていた。
「どうします? 作りますか? 子供」
空が口に含んでいた茶を吹き出して、それが亡にかかる。
普段なら大騒ぎするところだろうが、彼らは今、そんなことを気にしていられる場合では無い。
「な、何を言ってるんだ! 」
「私は別に構いません。より強い霊術師が産まれれば、国にとってもそれは良いことでしょう。私は別に自分の体にこだわりなどありません故」
空と亡は閉口した。聡明な女だと思っていたら、とんでもない色情魔であったかと思い込んでいた。
「それに、愛情というものに興味があります」
「どういうことだ? 」
「誰かを愛する、というのはどういう感覚なのか、肌身で感じてみたいのです」
外から吹き込む冷たい風が、3人の頬を撫でた。亡はため息をつきながら、彼女に答える。
「好きでもない相手と子を成したところで、愛など手に入らないだろう」
「そうなのでしょうか」
「そういうのは、もっと信頼関係を築いてからだな……」
これは方便である。彼の本音は、彼女のことが苦手、というものだった。
より強い子を産みたい、要するに、珍しい自分の体質に目をつけたということになる。それは、彼が最も嫌うものだった。上辺だけの個性しか見つめず、実力や人間性を見ようとしない姿勢。
彼女もまたそれと同じなのだと、心底がっかりした。
「では、試してみましょう。私達が愛を育めるかどうか」
神楽は、箪笥の引き出しからある紙を取り出す。どうやら妖怪の顔が描かれているようである。
「九尾、天狗、鬼、これらの頭領。そして妖怪の大将軍ぬらりひょん。私はこれから彼らを制圧します」
「正気か? そいつらは大妖怪の中でも特に化け物だぞ」
「えぇ、ですから着いてきてください」
「はぁ? 」
「信頼というものは愛を育む上で大切なものなのでしょう? 互いに死地で背中を預ければ、好きになるかもしれないではないですか」
亡は即座に断ろうとした。しかし、横に座っていた空が彼に耳打ちする。
「悪い話では無いだろ」
「何を言ってるんだ兄さん」
「あの大妖怪達を叩きのめせれば、人間のまちはより安全になる」
最近では都のみならず、日ノ本全土で妖怪による被害が拡大している。
妖怪と人は争いあう生き物。妖怪が人を襲い、食らうこともまた自然の摂理である。そこに憎しみなどという感情は無い。
ただ、人間とて無抵抗という訳にも行かない。神楽の提案は、妖怪達に人間の力を知らしめるのに最適だった。
強いと噂の巫女が同行してくれるとなれば、それはまたとない好機でもある。
それに、頼光などに手柄を取られるのも癪だ。
「確かに、そうかもな」
亡は彼女の提案を飲み込むことにした。
「ついて行こう。だが、お前と夫婦になるつもりは無い」
「では、3日後に出立です。最初は九尾からです。くれぐれも、お覚悟は忘れないよう」
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