第155話 空亡⑥

 おなじ山城国やましろのくにではあるが、都からは遠く離れた場所に位置するとある山。

 尾延山と呼ばれるこの山城には、九尾の狐が住まう。


 空と亡は、神楽と共にこの山を登っていた。理由はもちろん、九尾の狐の頭領を退治するためである。

 神楽曰く、殺しに行くのではない。とのことだ。彼女は仮に妖であろうとも、命を奪うことに抵抗を感じていた。


「九尾って、温厚な妖怪だろ? 退治する必要あるか? 」


 空が頭の後ろに手を組みながら、神楽に問いかける。服装はいつもの青い着物に戻っていた。神楽からの受けが悪かったのがこたえたのだろう。


「うーん、退治しないで済むのなら、それが1番です。私がしたいのは、九尾が人間に屈したという事の証明ですから」


 妖怪の中でも上澄みの種族である九尾狐を屈服させたとなれば、他の妖怪達も人間に危害を加えることを躊躇うはず。彼女はそう考えていた。


「あんたは、妖怪の頭領を退治して何がしたいんだ? 」


 亡が訝しんだような目で神楽を見る。


「私は……」

「止まれ。何者だ」


 艶やかな髪を伸ばした、1人の美女がいつの間にか彼らの正面に立っていた。

 その両脇には、烏帽子を被った若い男が2人。

 3人共に頭には狐耳を生やし、背中にはふわふわとした毛並みのよい尻尾が3本揃っていた。


 九尾の狐。それも成体が3人。

 並の霊術師なら、相対した時点で恐怖で失禁する状況である。


「ここは我らの領地であると知ってその足を踏み入れるか。帰れ」

「私達は、あなた達の頭領様にお話があって来たのです」

「そのような事、許すと思うのか? 」


 女の両脇にいた九尾が前へ出る。

 空と亡は、神楽を守ろうとするが、彼女はそれを不要と言わんばかりに手で制した。


「私は殺し合いにきたのではありません」

「ここに貴様のするべきことなどない。帰れ」

「まずは頭領様に……」

「これが最後だ。立ち去れ」


 女は毅然とした態度を崩さない。

 それでも引かない神楽を見て、ため息を1つこぼしてから、「悪く思うな」と言って男の九尾に手で合図を送る。

 すると、2人の九尾が一斉に神楽に飛びかかった。


「ちっ! 九尾が2人か」

「兄さん、死なないようにね」


 空と亡は腰に帯びていた太刀を抜き払って、体の前で構えた。

 大妖怪である、九尾狐が2人。これは死地である。


「お2人とも、加勢は不要です」


 しかし、神楽は信じ難い言葉を言い放つ。この状況で1人で戦うなど、ただの自害に等しい。


「何を言って……! 」


 神楽は大きく息を吸い込む。

 既に九尾は、腕に妖力を集中させて炎を生み出していた。狐の妖怪がよく扱う妖術だ。

 彼らの腕から放たれた炎は、真っ直ぐに神楽を焼こうとしていた。


「“竜骨”! 」


 彼女は吸い込んだ息を全て吐き出すように、霊力を込めた拳を前に突き出す。

 瞬間、時空がねじ曲がったのかと思うほどの衝撃が、その場を襲った。

 九尾が繰り出した炎は掻き消え、神楽が放った拳からの衝撃波は、彼らの頬を掠めてそれを切り裂き、遥か彼方にある尾延山とは別の山を粉々に打ち砕いた。


「な、なんと……」


 女の九尾が驚嘆の声を上げる。

 空と亡はというと、呆気に取られて声も出ない。


 ――なんだ、今のは……。兄さんどころか、頼光がやってもあんな風には……。


「あなた達、下がってください! ここは私が……」

「よせ、佳姫よしひめ


 女が前に出ようとした時、空から鈴のように美しい声が響いた。

 金色の髪と尾をなびかせた九尾が、ふわふわと宙に浮いている。


「頭領に会いたいと聞こえたのでな。来てやったぞ、小娘」

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