第153話 空亡④

 妖怪退治の依頼も無く、平和な時間が流れていた空と亡の元に1通の文が届いた。

 差出人は道長。達筆な文字で書かれていた内容は、守り手の巫女に会え。というものだった。


「どういうことだ? 」

「さあな。巫女から用事でもあるんだろう」


 空は何やら箪笥の引き出しをゴソゴソと漁っている。


「何をしてるんだ、兄さん」

「いや、上等な着物はないかと思ってな」


 ゴソゴソ、ゴソゴソ。詰められた布の擦れる音が部屋に響く。

 やがて彼は、1着の着物を取り出した。

 金色に輝く派手な色をした、値段だけは高い代物だ。


「これにしよう」

「それはやめた方がいいと思うが、どうしてそんなものを? 」

「美人なんだろ? 」


 亡は頭に手を当てて、小さく唸る。

 美女に殊更目がないのがこの兄である。決して夜遊びが派手な男では無いのに、こういう場面ではしっかりと上機嫌になる。


「そんなに女が好きなら、1人や2人夜這いでもかければいいじゃないか。兄さんだったら、断る女は居ないと思うけど」

「分かってないな。お互いに想いあっているから良いんだろ」


 純朴な少女のようなことをのたまう空は、また新しい着物を見つけては試着している。


「巫女とはまだ想いあって無いだろ」

「これから好きになるかもしれないだろ」


 結局、彼は最初に見つけた金色の着物を纏っていくことにしたようだった。


 ***


「ここが、巫女の住まいか」

「なんの神を祀っているのか知らないけど、随分大きいね」


 そびえる無数の階段。この石段の向こうに、巫女が守っている社がある。

 1段1段、しっかりと踏みしめて登っていく。決して神の怒りを買わないように、慎重に。


 2人は特別に信仰心が厚い人間では無かったが、ここにいる神だけは怒らせてはならぬ、とそう厳命されていた。

 やがて最後の階段を登り終え、2人は落としていた顔を上げた。


 よく手入れされた境内に、巨大な注連縄しめなわが巻かれた社。石畳はしっかりと磨かれていて、光を反射するのではないかと思わせるほどだ。

 しかし、そのどれよりも目立つ人間がいる。


 なんの変哲も無い巫女服と袴だが、その女の美しさが、それを十二単じゅうにひとえよりも美しく感じさせていた。

 腰まで長く伸びた艶やかな黒髪は、最高級の絹のように風になびき、整ったまつ毛に縁取られた双眸は、満月のように輝いている。

 箒を握るその指先までもが、作られたように美しい。


 2人は目を奪われた。彼女から目を離すことができない。今後、一生眺めていたいと思わせる程に、女は魅力的だった。


「あれ? もうそんな時間か。ごめんなさい、気づかなくて」


 パタパタと音を立てて駆け寄ってくる巫女に、亡はたじろいだ。近くに来ると、清流のように清らかな白い肌と、花のような香りがより1層目立つ。


「あの、大丈夫? 」

「あっ! い、いやいや全く。ははは」

「あなたが、亡さん、ですよね? それで、隣にいる不審な格好をした男の人は? 」

「……これは兄だ。気にしないでくれ」


 空は紹介を流されたことで不満を顕にしたが、お構い無しに巫女は自己紹介に移る。


「私は、蓬莱ほうらい 神楽かぐら。よろしくお願いします」

「あぁ、それで要件というのは」


 亡の言葉に、神楽は首を傾げた。空と亡は巫女から依頼でもあるのかと思ってここに来たが、どうやら当ては外れたようだ。


「要件って、縁談じゃないのですか? 」

「は? 」

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