第144話 アイドル

 時は戻って現代。

 葵の長い話が終わる頃には眼下の戦いも終幕に近づいていた。

 夫婦も酒呑童子も、先程から戦いの手を止めている。互いに相手の手の内は読み尽くしたのか。


「そんなに詳しく私に話して良かったの? 」

「あの2人は、そういうこと気にしないから。それに、リコちゃんには妖喰らいのことを知ってて欲しかったの」

「それってどういう……」


 私が言い終えるよりも早く、下から酒呑童子の声が響く。大きく、腹がずしりと重くなるような声だ。


「暇つぶしに付き合ってくれてありがとう。そろそろ帰らねぇと、あいつらにどやされちまう」

「……本来は逃がすべきじゃないのかもしれないけど、ここじゃ本気は出せないし、いいよ。」


 鬼は静かに飛び立った。彼も、悠聖と茜も傷は無い。本当にただ遊んでいただけのようだった。

 葵は、茜のことをジッと見ている。


 私には、その時の彼女の感情を読み取ることはできなかった。


 私達が下に降りると、すぐに葵は2人に駆け寄る。

 そして、茜の破れた衣装から覗く体を隠すようにそれを整えた。

 茜の体には、肩から腰にかけて大きな傷が刻まれている。恐らく、妖喰らいとなる時に体を切り開いたものだろう。


「茜さん、前隠してね。空亡くんスケベだから」

「おい! 変なことを吹き込むな! 」


 葵の冗談を真に受けた彼女からの空亡への視線は、少しだけ侮蔑が込められていた。


 今回の襲撃による死者は無し。負傷者も、救護班の治癒術で全員回復したようだ。

 酒呑童子が本気で殺しに来ていたら、今頃どうなっていたかは分からないが。


 神野があれほど強力な妖怪を使役できるとなると、早くぬらりひょんの元へ向かわなければならない。

 焦りが私の頬に汗を垂らし始めた時、葵のスマホが鳴る。


「あっ! ごめん、夜子さんからだ! ちょっと出てくるね」


 そう言って、彼女はどこかへ走り去っていった。

 思えば、彼女は夜子さんからの連絡を私達に聞かせたがらない。いつも1人で電話をしている。

 さらに、いつでも連絡を返せるように、どんな戦いの時にも無線とは別にスマホを持ち歩いている。


 空亡は世界を滅ぼしかねない大妖怪だ。

 それに関わる任務となれば、上との調整だって大変だろう。

 私は彼女の気苦労を察して、お疲れ様、と心の中で呟いた。


 ***


 酒呑童子を撃退したその夜。私は葵と共に宿舎の寝室で眠ろうとベッドに入っていた。

 2段ベッドの上にいた葵が、ひょっこりと顔を覗かせる。


「え? リコちゃん、アイドル辞めちゃうの……? 」

「そりゃだって、死んだことになったらできないでしょ」


 神野達の目を誤魔化す、まぁ酒呑童子に見られたのでバレるのも時間の問題だろうが。

 ただ、私を狙う他の長官補佐や、指名手配された私に対する世間の目を欺くことはできるだろう。


「そっか……寂しいな……」

「別に、私は葵とずっと友達でいるわよ」

「うん、そうだね……」


 そろそろ時間だと思いテレビを付けると、丁度私の速報が流れた。


『たった今入ってきたニュースです。訃報です。人気アイドル、リコさんが今月2日頃に亡くなっていたことが分かりました。リコさんは精神面の不調で活動を休止していましたが、慰安のために訪れた烏楽市で妖怪の襲撃事件に巻き込まれたとのことです。繰り返します。訃報です。人気アイドルのリコさんが……』


 変な気分だ。自分の訃報を直接見るのは。まるで、自分が幽霊にでもなってしまったような気がする。


「死んじゃったね、リコちゃん」

「縁起でもないこと言わないでよ。生きてるわよ」


 上にいる彼女は、もう顔を引っ込めてしまってもうその表情を窺い知ることはできない。

 ふと、ネットの反応が気になってスマホを開く。


『嘘でしょ』

『受け止められない』

『リコちゃん行かないで』

『もう生きていけない』


 私の死を悲しんでくれる人は、想像以上に多かったようだ。

 ファンの皆にはこれからも元気でいて欲しいし、そんなこと想像したくないけど、後追いする人も出るだろう、って葵は言っていた。


 ――ごめんなさい、ごめんなさい。


 だから、私はせめてもの償いとして、ある遺言を残した。もうすぐ予約投稿されるはずだ。


『みんな、生きていて』


 せめて、画面の向こうという仮想空間の中では、最期までアイドルでいたかった。

 そんなの、最期のワガママ。お願い、みんな。聞いてあげて。


 私は、彼女の願いが届くように祈りながら、ベッドの中に体を埋めた。

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