第131話 言葉が無くとも

 ここはどこだろう。懐かしい香りがする。木と畳の匂い?

 目を開けると、日差しが差し込む縁側が映った。


「莉子、起きた? 」

「お母、さん? 」


 あぁ、そっか。ここは家か。

 夏にしては過ごしやすい気温で、思わず気持ちよくなってうたた寝をしてしまったんだ。


 でも何故だろう。お母さんはここにいるのに、ずっといたのに、寂しい。

 夢中で彼女に抱きついて、グリグリと頭を胸に埋めた。


「うおっと、どうしたの? 嫌な夢見た? 」


 頭を撫でる母の手。私はこれを待っていたんだ。

 待っていた? それはおかしい。だってお母さんはここにいるじゃないか。そんな、二度と会えないようなことを思うのはおかしい。


「なんか、久しぶりに会えた気がして……」

「私はずっと、ここにいるよ。いつだって、莉子のことを見守ってる」


 彼女からの抱擁がいっそう強くなった。

 やっと会えた。そんな気がする。このままここに居て、また家族で過ごそう。

 凄く疲れた気がする。お母さんの腕の中で眠ってしまいたい。


「だからね、莉子」


 頭を撫でていた彼女の手が頬に当てられ、それに導かれるように顔を上げた。

 微笑むお母さんの顔がはっきりと分かる。


「まだ、こっちに来ちゃだめ。生きて。大丈夫、私はずっと莉子のそばにいるから」


 色素が抜けて、辺りの景色が白黒になっていく。

 お母さんの顔もどんどん薄くなって、見えなくなる。


「待って! お母さん! 」


 手を伸ばした時には、もう誰もいなかった。何も無い、真っ暗な空間にぽつんと1人で立っている。

 そうか。私は死んだんだ。


 怖い。寂しい。


 誰かいないか。葵、空亡、キャシー。誰か私の手を握ってくれる仲間は。


「莉子、こっち」

「キャシー? 」


 少年のような声が頭に響いて、キャシーの声がする方向へと駆け出した。


「莉子。僕は君に会えたことを心の底から感謝してる。君との出会いをくれたこの世界に、頭を擦り付けてやりたいくらい」


 走る。走る。足が勝手に動く。

 ここに居てはいけない。帰らなきゃいけない。誰かの意思に突き動かされるように、私は走った。


「例え言葉が無くなっても、僕たちは家族だ」

「キャシー? 言葉が無くなるって……」


 足を動かしながら、キャシーの声は聞き漏らさない。

 今聞いておかないと、一生後悔すると思う。


「だって莉子は、僕が喋る前から僕を愛してくれた。僕と会話してくれた」

「そんなの、当たり前だよ。何があったって、キャシーはキャシーなんだから」


 通じる言語が無くても、私には彼の言っていることが手に取るように分かる。

 それが無くても、私達の愛が変わることは無い。


「だから莉子。君がくれた僕の宝物。1個だけ、君に返すよ」


 長い長いトンネルの向こうに、微かな光が見える。優しく暖かい。

 みんなが待ってる。こんな馬鹿げたことをしでかした私を、待ってくれている。


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