第125話 死の奥義
福岡の空は真っ赤に染まっていた。丁度夕暮れ時だが、その日は血を空に垂らしたのかと思うほどに不気味な天だった。
「来てくれたね、莉子」
巨大な白い妖怪だ。風船のように膨らんだ体と、それに纏う無数の目。奇妙な怪物の頭の上に、神野は立っている。
品のない笑みを浮かべながら、大袈裟に手を広げ、彼は演説する。
「君が協力してくれれば、私達の願いは達せられる! この馬鹿げた世界に変革の時が訪れるのさ! 」
「……興味無いわ」
私は彼の言葉を一蹴する。正直言って、もう奴らの目的などもうどうでもいい。
「随分無愛想じゃないか」
「私は戦いに来たのよ。親子の再会を楽しみに来たんじゃない」
空亡、八瀬、キャシー、そして加賀夫妻が臨戦態勢をとる。これだけいれば、神野1人くらいはどうにかなるだろう。
「では、力づくで連れていかなければな」
「臨むところよ! 」
足にめいっぱいの力を込めて、一気に飛び上がる。アスルファルトが歪んで陥没していく。
私の拳が神野当たる直前、青目の空亡が私の前に立ちはだかる。
――やっぱり来た!
「空亡! 」
「……“幽世”」
私と青目の体を閃光が包み込む。空亡の力で私達を分断するのが目的だ。
「さぁ、来てもらうわよ! 」
「イキがりやがって」
***
莉子と空亡は飛んだ。なるべく遠く、人気のない所へ。それが莉子の出した条件だった。
「各個撃破、ってことかい? 莉子じゃ空亡は倒せないよ? そして君たちも、私には勝てない」
神野が人差し指と中指を立てる。すると、先程まで待機していた妖怪の群れが一斉に動き出した。
蜘蛛、鳥、虫、様々な形をとった化け物が福岡の街を蹂躙していく。
「空亡、僕は君のことを恨むよ」
「あぁ、構わない」
キャシーは隣に立つ空亡を鋭く睨みつけ、低い声で脅すように言った。
空亡は自分が守ると言った主人を自ら死地へと追いやった。共に戦うでも、逃げるでもなく、「死にたい」と願う彼女の願いを叶えてしまった。
「それから、お前達もな。これが終わったら。2人まとめて食い殺してやる」
キャシーの怒りの矛先は加賀夫妻にも向く。精神的に不安定な莉子の弱みにつけ込み、彼女の希死念慮を後押しした男と女。
「恨み言はあとだ。さっさと倒して、莉子の所へ行くぞ。間に合うかもしれん」
八瀬は莉子の決定に特に口を出すことは無かった。まだ出会って日の浅い2人では、心の奥底に踏み込むには早いと感じたからだ。
ただ、鬼の里のことを「ごめんなさい、ごめんなさい」とうわ言のように謝り続ける彼女を見て、哀れだと思ったことは事実である。
彼女は八瀬を戦いに参加させることも拒んだ。それを押し切ってこの場に立っているのは、彼なりの同情だろう。
本当なら滅びた里の敵討ちとして、全ての鬼の集落に招集をかけたかった所だが、それは莉子が断固拒否した。
加賀夫妻は、そろって何も言わない。罪悪感を多少は感じているのか。それとも、莉子のことなど意に介していないのか。
ただ、両人とも刀を装備しているところを見ると、戦う気はあるようである。
「よし、行くぞ! 」
空亡の号令で全員一斉に飛びかかった。
***
「なんのつもりだ? 」
深い森。どこかは分からない。ただ、自分の注文通りの場所に空亡が飛ばしてくれたことは理解した。
「あなたを、殺す」
拳を強く握りしめる。ずっとこの時を待っていた。母の死のケジメを付ける時を。
「お前が? 俺を? 」
空亡は高らかに笑う。嘲るように、見下すように。
これ以上問答をする気はない。
私は背筋をすっ、伸ばして手のひらを合わせる。自分の霊力を全て捧げる。
「力をお貸しください。龍神様」
何かが体の中に入ってくる。力がみなぎって、全能感に脳が打ち震えていた。
「お前、それは……」
空亡の目が見開かれた。自分を殺した女の技だ。無理もない。
お前はもう1度、人間に殺されるんだ。
「“降龍神楽”! 」
私の周りに散っていた霊力の粒子が弾け、バケツから溢れた水のように体から力が漏れ出す。
木々が震え、空に流れる雲は急激に動きを速めた。
大地がひび割れ、大気も怯えたように震えている。
「覚悟しなさい! 空亡! 」
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