第124話 私の正体

 蝋燭に灯された炎が微かに揺れている。ひんやりとした空気が体に張り付く部屋の中で、葵は静かに眠っていた。


 止血はしっかりとされていて、後は目覚めるのを待つだけらしい。

 最期に顔を見ておきたかった。彼女の頬をなでる。確かな温度が、彼女が生きていることを教えてくれた。


 葵は、私のファンだと言ってくれた。

 彼女は時々言う。「普段のリコちゃんもかわらないんだね」と。

“リコ”は飾らない態度や媚びない姿勢、アイドルとは思えない言葉使いで人気になった。


 傍から見れば、それは「普段と変わらない態度でファンと接する」アイドルに見えていただろう。

 だがそれは違う。


 私は理想お母さんを。

 あの人の髪型を真似て、喋り方を真似て、食べるものも、戦い方も真似た。そうやって“リコ”も“莉子”も作られていった。


 普段から“リコ”を演じているから、ステージでもそれ以外でも変わらない。それが真実だ。


 葵が見ているのはあくまで理想にコーティングされた、嘘の私だけだ。

 みんな、強くて逞しくて、口調は荒っぽいけど時々優しい“私”が好きなのだ。


 葵も、空亡も本当の私を知らない。

 沙羅は知っているだろうが、あの子は何も言わなかった。私が母への未練を断ち切れていないことを察していたのだろうか。


「ねぇ、葵。私は、ちゃんとに“リコ”をやれてた? 」


 せめて彼女には、こんな私を見せずにいたい。彼女が見ていた、最高のアイドルとして死んでいきたい。


 ……結局、お母さんとの約束は守れなかったなぁ。

 私な幸せにはなれない。なっちゃいけない。亡雫である私は、存在するだけで世界に迷惑をかける。

 こんなことになる前に、さっさと処分されてしまった方が良かっただろうか。


 烏楽での惨劇を目の当たりにしてから、頭の隅っこに住み着いた悪魔が囁いてくる。「お前のせいだ、お前のせいだ」と。

 それと共に、あの時見た死んでいく人の顔が脳裏に蘇る。


 死にたくない、助けて、そう口に出したくともその気力すらない。そんな顔。


 烏楽は元は平和な街だったこともあり、派遣されていた討魔官は新人が多かったらしい。

 本来なら高校を卒業してすぐ位の若者たちが、妖怪に踏み潰され、その胃の中に放り込まれた。

 あの子たちの死に怯えた目が忘れられない。


 あの時、私が空亡や葵の足を引っ張らずに晴明と道満をすぐに倒せていれば、みんな死なずに済んだ。

 私が、亡雫がいなければ、葵たち特殲隊員がすぐにあの街に派遣された。私を捕縛するために

 特殲の人員を回していたから、対応が遅れたのだ。


 何もかもが、私がいなければ起こりえなかった事案。


 だから、もう終わりにする。

 私は青目の空亡と刺し違える。お母さんみたいに。


 神野は強いが、足枷の無くなった空亡もいれば何とかなる。

 これで全部解決するのだ。簡単な話だった。私が生に執着することをやめれば良かったのだから。


「さようなら、葵。嬉しかったよ。友達になれて」


 私は彼女に背を向けて、部屋を後にした。

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