第123話 犠牲
足音が聞こえる。2人分だ。
私は座っていた岩の上から飛び跳ねて、洞窟の入口を見つめる。
暗がりの中から人の影が2つ。妖艶な女と、小太りの男。
「討魔官? 」
「初めまして、四条莉子さん。まずは自己紹介。私は加賀 茜、こっちが夫の悠聖」
加賀夫婦は、私の命を狙う特殲だ。最悪だ。葵が負傷しているこの状況で仕留めに来るとは……。
「あなたの心臓を貰いにきた、と言いたいところだけど、状況が変わったの」
「どういうこと? 」
向こうは武器も持たず、臨戦態勢も取っていない。今ここで戦う気はないということか。
私は念の為空亡を呼び出して、耳打ちをする。
「もし何か妙な動きをしたら、すぐに手足削ぎ落として」
「わかった」
茜に変わって、男の方が前に出る。
メガネの奥にみえる目は穏やかで、それでいて強い意志を感じさせた。
「さっき上層部から指令があってね。莉子くん、君には神野か青目の空亡、どちらかと刺し違えて貰う」
淡々と、なんの気を使うこともなく悠聖は言った。私に死んでくれと。
空亡が彼の胸ぐらを掴む。
「てめぇ、ふざけてるのか……! 」
「いいの、空亡。私もそうするつもりだったから」
振り向いた空亡の眼は、少し揺らいでいた。下がった目尻のまま、彼は怒鳴る。
「何を言ってる! そんなことは認めない! 待ってろ、こんなヤツらすぐに片付けてやる。それからゆっくり神野達を倒す方法を考えればいい」
「無駄よ」
ピシャリとシャッターを下ろすように、茜は言い放った。
そしてスマホを取り出して、ある動画を私達に見せつける。ニュース速報のようだった。
『ご覧ください! 幾千、幾万もの妖怪の群れがここ、福岡市に集まっています! 妖怪達は未だに動きを見せず、討魔庁は住民の避難を急ぐと共に、岡田総理に大禍宣言の要請を行いました。避難勧告が発令された地域は以下の通りで……』
福岡の街に、大量の妖怪が集まっている。魑魅魍魎の中に、人間の影がある。
神野だ。
「この妖怪の群れは、おそらく九条神野が用意した軍隊でしょうね。アイツの要求は1つ、
茜のしなやかな指が私を指した。
このまま私が現れなければ、妖怪で虐殺を開始するということか。
下衆なことを考える。
「下手に討魔庁が部隊を派遣しても、青目と神野、そしてあの大群が相手じゃあ被害が大きい。だから莉子、あなたは要求に従ったフリをして、最低限の戦力でまず神野か空亡のどちらかを倒してもらう」
相も変わらず、単調な口ぶりだ。
きっと、私のことを有効活用できる道具程度にしか思っていないのだろう。
だが、私にとっては好都合だ。もとよりその気だったのだから。
「使えるんでしょう? 5年前に四条紗奈が青目の空亡を倒した時に使った、龍神の巫女秘伝の技。『
私はお母さんが残した伝書から、龍神の巫女の技を研究した。『降龍神楽』もその1つだ。
龍神の巫女にとって、奥義とも言えるその技は龍神をその身に降ろし、その力を使うことが出来る。
しかし反動は大きい。神の力に人間の体は耐えることができない。
1度使えば、使用者は確実に死に至る。お母さんもきっとこれを使ったんだろう。
「いい加減にしろ! あの技を使ったら……」
「死ぬでしょうね。でも、それがなに? 」
「なんだと……? 」
空亡の手が震えている。双眸を鋭く尖らせながら、茜を睨みつけた。
「どうせ指名手配犯なんだから、遅かれ早かれ捕まって死ぬわ。そんな奴の命1つで人類の脅威を1つ潰せるのよ? 儲けものじゃない」
「……莉子、すぐにこいつらを殺す。その後で……」
「いいの」
空亡の声を遮って、私は茜に手を差し出す。
「使って、私の命」
「莉子! そんなことしなくて……」
「いいって言ってるでしょ! 」
このままではまた多くの人が犠牲になる。今度は何万、いいや。何百万と死ぬかもしれない。全ては私が空亡を目覚めさせたことが原因なのだ。
亡雫を集めることで、そのケジメをつけようとしていたが、どうやらそれだけでは足りないようだ。
「交渉成立ね。短い間だけどよろしく」
茜は私の手を強く握った。微かに震えを感じる。
「空亡、他のみんなと一緒に神野だけでも引き付けて。お願い……いいえ、主からの命令よ」
「……クソッタレが」
彼の気配が消える。頭を冷やすために霊体になったか。
彼には悪いことをした。私は、ちゃんとに守ってもらうことすらまともに出来ない。
「ごめんね、空亡」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます