第117話 鬼の頭領

 鬼の頭領、八瀬童子やせどうじはかつて天下に名を馳せた大妖怪、酒呑童子しゅてんどうじの息子である。

 空亡が封印される前から存在しており、父に勝るとも劣らない力の持ち主だ。


 一切の整備がされていない山道、というより崖を私達一行は登っていた。

 時々足を滑らしそうになりながらも、懸命に空亡の背中を追いかけている。


 ――俺が守ってやる。


 あの日から、彼の背中を見る度にその言葉を思い出す。

 最強の矛であり、最強の盾。だが、それを扱う技量は私には無い。


 ――私はまた、守ってもらうのか。


 強くなったつもりでいた。お母さんの技をみにつけて、お母さんみたいな人になりたくて、たくさん修行もした。だが、未だに並び立つことはできない。

 自分の愚かさと無力が愛する人の命を奪ったという事実は、私の心に棘のように突き刺さったままだ。


 空亡に、葵に、キャシーに、思えば私は守ってもらってばかりだ。私が彼らを救ったことなど、今までに1度としてあるだろうか。


 烏楽での一件以来、私の内面はまるでガラス細工みたいにもろくなってしまった。


 頭の中を駆け巡る、堂々巡りの思案が完結しないまま、空亡はやがて足を止めた。

 さっきまでの森林が嘘のように開けて、そこらの崖に穴があいている。


 鬼は洞窟に住むというが、あれが鬼の棲家すみかなのだろうか。


「おい! 八瀬! 居ないのか! 」


 空亡の呼び声は、森の中に反響して消えていった。

 頭領は不在か、そう思った時、上空に気配を感じた。


「おらあああああ! 」


 太陽と重なったその影が鬼のものであると認識するより早く、それは空亡に殴りかかった。

 空亡はそれを両手で受け止める。衝撃で彼の足が地面にめり込んだ。


「なになに!? リコちゃん、危ないから下がって! 」


 襲われたと考えた私達は一斉に臨戦態勢を取る。

 葵は短刀を構え、キャシーは化け猫になった。いつこちらにも攻めかかってくるか、と身構える。


「くっくっくっ、はーはっはっはっ! 」

「はははははは! 」


 高らかな2人分の笑い声が響く。

 舞った土埃が徐々に晴れ、空亡と鬼の姿が明らかになった。


 頭に生えた大きな2本の角。尻尾のようにウェーブして腰まで伸びた銀の髪。裸の上半身は筋骨隆々かつ引き締まった肉体美をみせていた。


 彼らは肩を組んで笑いあっている。


「まだ生きてたか八瀬! 麗姫やぬらりひょんあたりに喧嘩を売って殺されてるかと思ったぞ! 」

「馬鹿言え! もう鬼もすっかり平和主義者の集まりだよ! ははは! 」


 10年来の友人のように仲睦まじく語らっている。

 どうやら危険は無いと判断し、私達は呆れ顔で2人の元へ歩いた。


「紹介する。俺の主人の四条莉子と、護衛役の西園寺葵、それからペットのキャシー」

「誰がペット……! いや、事実か」

「ほう、化け猫か」


 鬼、おそらくは八瀬童子だろう。

 その大きな手がキャシーの頭を撫でた。「潰れそう」と少し怯えている。


「しかし、人間の式神になったとは風の噂で聞いたが、まさか本当だとは。美人につられたのか? 」

「まぁ、色々あった」


 話していると、洞窟の中から次々と角を生やした鬼が現れる。

 皆、角さえなければ人間と同じような見た目だ。


 物珍しいのだろうか、早々に「人間だ」、「初めてみた」などザワザワとし始めた。


「それで、本題だ」

「おう、なんだ! 」

「亡雫を貰いたい」


 空気が変わる。


「なんだと? 」


 八瀬の巨大な体躯から発せられる闘気が心臓を締め付けた。

 怒らせたか、と戦闘を覚悟する。


「良いぞ」

「え? 」

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