第116話 暗雲

 電車に揺られ、飛行機から下界を見下ろし、また電車に揺られ、ようやく鬼柄市へ到着した。

 キャシーは乗り物酔いの影響か、青ざめた顔で私の腕の中に収まり、葵も疲労の色が強い。

 元気なのは霊体化していた空亡くらいだ。


「鬼の里、ねぇ」


 ***


「葵、次の目的地は? 」

「福岡の鬼柄だって。鬼が持ってるらしいよ」


 九尾、天狗に並ぶ三大部族の1つ、鬼。

 圧倒的なパワーを持っており、数は少ないながら、個体としての強さであれば九尾狐すら凌いで妖怪の中でも最強種である。


 頭領に関しては、空亡曰く「妖術無しの戦いだったら全盛期でもきつい」らしい。


 芙蓉と朝水がいてくれれば心強かったが、烏楽の妖怪襲撃事件のこともあり、いつでも動けるようにフリーにしておきたいと夜子さんの考えだ。


 そして、連絡事項はもう1つ。

 1


 最高に良くないニュースだ。興亡派の思惑すらよく分からない中、事態は更に混沌を深めている。


 おまけに最後、鬼柄に派遣された特殲の討魔官のことだ。

 加賀かが 悠聖とその妻、加賀 茜。年齢は2人とも31。


 芙蓉、朝水と違って、私たちを殺す気満々とのことだ。

 飛行機の中で、私は頭痛を感じて頭を抑える。これはきっと気圧のせいでは無い。


 ***


「悠聖と茜はどんな霊術師なの? 」


 ホテルへ向かう道中、隣を歩く葵に尋ねる。足が鉛のように重い彼女は、少し上を見上げて考えた。


「悠聖さんは呪い術の使い手だね。ダメージを相手に変換したり、呪いをかけて苦しめたり、テクニカルな人かな」


 呪い術の歴史は古い。だが、あまり進化はしておらず、平安の時点で現在と変わらない様式が確立されていた。

 それゆえに弱点も明らかで対策も取りやすく、扱うのには技量が必要だ。


「茜さんは、かなり特殊」


 葵の目が一瞬泳いだ後に私を見つめ、「リコちゃんならいいか」と呟く。


「あの人は、あやかしらいなの」

「妖喰らい? 」


 聞いた事のない単語である。霊術の専門用語だろうか。


「妖怪を食べてその力を手に入れた人間ってこと」

「妖怪を、食べる? 」


 妖怪が人を喰らう話はよく聞く。しかし、逆のパターンはほとんど無い。そもそも妖怪と言えば気持ち悪い、もしくは人間に近い見た目をしており、とても食べようとは思えない。


「殆どの人はあんなの食べても体調を悪くするだけ。でも、稀に妖怪の血に適応できる人間もいる。それが茜さん」


 人差し指を立てて、彼女は説明口調で語る。


「ねぇ、僕とか食べられないよね? その人に」


 腕の中で眠っていたキャシーが問いかける。まだ顔は青いままだ。


「うーん、大丈夫、かな? 」

「歯切れが悪いね。心配になってきたよ」


 葵は「コホン」と咳払いを1つして、本題に戻る。


「あの人は霊力と妖力、両方持ってるの。パワーも並の鬼より強いし、生命力も妖怪そのもの。注意した方が良いね」


 やはり特域殲魔課所属の討魔官はどいつもこいつも人間離れしている。これではどっちが退治される側か分からないではないか。


 その後も、2名の情報を葵から聞き出しながら私たちは歩いていく。

「茜は超大食い」、「2人はラブラブ」、「子供はいない」、と聞かなくて良いようなことまで知ってしまったが、なんにせよ警戒はしておかなくてはいけない。


 ふと、道中で通行人の会話が耳に入って気になった。


「なぁ、リコってまだ戻ってこねぇの? 」

「もう忘れてたわ、休止開けて戻ってきても誰も覚えてないんじゃねぇの」


 思わず足が止まる。


「あ、あいつら……」

「葵、いいから……、はぁ……」


 ――早く、戻りたいな。沙羅、元気にしてるかな。


 ***


 学校からの帰る道中。図書室での勉強会で帰りが遅くなった沙羅は、薄暗い夜道を1人で歩いていた。


 突然、背後から声をかけられる。


「四条、沙羅さん、ですね? 」

「……誰、ですか? 」

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