第106話 転

「空亡! 」

「“幽世”! 」


 空亡の手が私の肩に触れ、瞬時に霧雨の前にワープした。腕に溜めていた霊力を全てこいつにぶつけてやる。


 しかし、霧雨は速かった。突如目の前に出現した私の攻撃をものともせず、まるで来ることが分かっていたかのようにそれを避ける。


 避けた先にいた空亡と時雨がまた攻撃する。空亡の刀による斬撃と、時雨の手刀。

 霧雨はその2つを受け止めると、瞬時に押し返した。


 ――空亡が押し負けるなんて……、ただの天狗の力じゃない。


 よろめく2人に霧雨は反撃する。風で作り出した刃が、空亡の腕を切断した。

 風の刃は時雨にも向かっていき、彼女の肩口から腰までを斬り裂いていく。


 大妖怪である2人はその程度では死なない。即座に治癒術で傷を再生し、また反撃に移る。

 私も背後から奴を蹴りつけて、2人に加勢した。


 頭を吹き飛ばし、心臓を貫かれ、腹を裂かれて臓物を露出させる。

 それほどの攻撃を受けてなお、霧雨は弱る姿を見せなかった。


「天狗ってあんなに強かったか? 」


 空亡が時雨に問いかける。


「いいえ。80年前に戦った時にも、彼の力はこれ程ではありませんでした」


 私達3人がかりでも汗ひとつかいていない。このままでは埒が明かない。


「ふん、天狗の頭領と最強の妖怪が聞いて呆れる。やはり、は所詮紛い物か」


 ――こっちの、空亡?


 霧雨は嘲笑うように私達を侮蔑のこもった目で見た。

 軽蔑したいのはこちらなのだが。


「はん。仲間に置いて行かれた寂しい爺さんの癖に、良く言うわね」

「貴様は黙っていろ。呪われた忌み子めが」


 彼の周りに3人の天狗が集まってくる。

 あれだけ煽っておいて、結局は仲間だのみのようだ。


「空亡」

「分かってる」


 時雨が私達の方を見た。

 大丈夫だと目で合図する。


 霧雨の周囲を飛んでいた天狗達が一斉にこちらへ向かってきた。

 空亡が人差し指と中指を立て、刀印を結ぶ。


「“現世”」


 天狗達の動きが止まった。天から吊るされた糸に操られるように、ぎこちない動きで反転。そして霧雨を攻撃した。


「っ!? なぜ私の命令を……! 」


 空亡がニヤリと笑う。

 余裕ぶっていた相手の笑顔が崩れる瞬間は大変に愉快だ。


「俺は1度受けた攻撃を記憶し、そして大半のものは自分で使うことができる」

「馬鹿な! この術を受けたのはそっちの人間のはず! 」


 自分で生み出した天狗を自分で殺しながら、霧雨は私達をキッ、と睨んだ。


「おいおい、俺は莉子の式神だぞ? 俺たちは一心同体。莉子が受けた攻撃も、俺が受けたも同然さ」


 私達の式神契約は特殊だ。普通、契約を結んだだけでは互いの肉体を共有することは出来ない。

 だが、私達の相性は抜群。互いの波長がほぼ合致するからこそ、互いの霊力と妖力に相乗効果も生まれるのだ。


「これが、の力か……! 」

「さっきから呪いとか忌み子とか、意味わかんないわよ」

「貴様が知る必要などないわ! 」


 霧雨は妖力を解放した。

 彼の力は膨れ上がり、今にも爆発しそうだった。


「空亡、時雨、一気に片付けるわよ」

「え? しかし、今の霧雨を倒すのは難しいのでは……」


 時雨が不安げに私を見つめる。

 確かに、今のままでは奴を倒すのは難しい。

 だが――。


「空亡、私の霊力全部あげる」

「良いのか? 」

「もう大した敵もいないでしょ」


 私は手のひらを合わせ、自身の内に眠っていた霊力をかき集める。


「――“てん”」

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