第104話 嫌がらせ

 蟲特有の気持ち悪いギチギチとした音を立てて、私達のぐるりを百足がとぐろを巻いて囲んでいる。

 多足が別々に動いていて、なんとも不愉快だ。


「ぎゃあああ!! 裏側見せんな、気持ち悪い! 」

「芙蓉さん、自衛官だったんでしょ? なんで虫がダメなんですか」


 芙蓉が朝水に抱きついて百足から必死に目を背けている。

 正直言って、あの蠢く脚を見ていると私も吐き気がしてくる。


「空亡、ちゃっちゃと消しちゃって……おえっ、私は絶対無理。近づきたくない」

「はいはい。承りましたよ」


 空亡が百足の頭目掛けて『幽玄神威』を放った。一瞬で奴の頭は消えた。

 しかし、断面からにょきにょきと新しいあたまが再生してくる。


「うわあああああああああ!!! 」


 あまりのおぞましさに芙蓉が絶叫して、百足に銃を乱射した。見ると、銃弾で開いた穴も即座に再生していく。


 近くに当てすぎたのか。傷口から噴出した虫の体液が、彼女の顔にかかった。


「……」

「あっ、気絶した」


 朝水に抱きついたまま彼女は気を失ったようだ。そちらの方が静かでありがたい。


「うわぁ、僕も体が痒くなってきた」

「キャシー、あなた猫でしょ? 」


 不死身の巨大百足、恐らく人間であれば8割が絶望を感じる相手だ。

 私はできれば戦いたくない。あんな奴を殴りつけたら、何が出てくるか。想像しただけで身の毛がよだつ。


「あぁくそ。本体をやらなきゃこいつも消えないか」


 本体、つまり霧雨は百足の遥か向こう。

 長い体に取り囲まれている私達は、百足を倒さない限りあちらへは行けない。


 幸い攻撃はしてこないが、このままではあの黒い胴体に巻き付かれて絞め殺される。

 絶対にそんな死に方はしたくない。覚悟を決めて、百足の体を殴ろうとすると、葵が近づいて行った。


 彼女は奴の胴体に手を当てて、そのまま霊力を込める。


「えい! 」


 百足の体に穴が空き、黄色い体液が彼女の体にかかる。


「よーし、穴空いたよ! 」


 臭いその液体をものともせず、彼女は向こう側へ。そのまま霧雨に「覚悟して! 」などと喚いている。


 私達一行も、なるべく触らないようにしながらその穴をくぐった。


「葵、絶対に今の状態で抱きついたりしないでね」

「え? うん」


 虫の体の中にあった液体。それを全身に浴びてもこの子は何ら気にする素振りを見せない。

 ちょっと変な匂いもする。


「ほら芙蓉さん、起きてください。仕事ですよ」

「うわあああ!! 虫の相手は嫌だ! 」


 丁度芙蓉も起きたようだ。

 これで後は霧雨を倒すだけ。


「あんた、あの百足なんの為に出したのよ」


 攻撃するでもなく、閉じ込めておくにも強度不足。一体なんの意味があったのか。


「ただの嫌がらせだ」

「ふざけんなてめぇ! ぶっ殺すぞ! 」


 芙蓉が本気で怒っている。殺意が高まりきった目と共に銃を向けていた。

 実際、今も百足が動いていないところを見ると、本当に嫌がらせ以上の意味は無いように思える。


「良い性格してるわね、あんた」

「お褒めに預かり光栄ですよ」


 私は構えを取りつつ、時雨に耳打ちした。


「止めは、あんたが刺しなさいよ」

「言われなくとも」


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