第103話 烏楽市②

 今川は周囲を見渡し、高道以外にも人が倒れているのを見つける。巫女のようだ。

 彼女は急いでその巫女の元へ駆け寄った。


「はっ、はっ、はっ、はっ」


 全身を貫かれていた。彼女は懸命に息をしようともがいているが、上手く呼吸ができていない。

 今川は治癒術を使おうとして、すぐに止めた。もう助からないことは明白であった。


 死の淵を彷徨いながら、巫女は彼女を見つめ、目で「助けて」と求めていた。怖いのだろう、死ぬのは。


「君が助けようとした人、ちゃんと無事やからな。よお頑張ったな」


 少しでも死への恐怖を和らげてやろうと、彼女はぐったりと倒れ伏す巫女を抱き上げ、優しく頭を撫でる。


 苦しそうに呼吸をしていたが、すぐに動かなくなった。

 今川が、その子の頬に流れる涙を拭ってやってから、近くに落ちていた血まみれの討魔手帳を拾い上げる。


 顔写真を見ると、今さっき死んだ巫女の者だった。


「今年入ったばかり……」


 生年月日を確認して、彼女がまだ18歳だったことを知る。

 家族写真と思われるものが1枚、メモ用紙と共に背表紙の裏に貼り付けてあった。


 再び高道の元へ向かって介抱していると、すぐに討魔庁の部隊が集まってきた。烏楽支部の者たちだ。


「今川さん、西郷さん! 負傷者は!? 」

「民間人が1人怪我してて、もう1人は病気が重くて走れん。すぐに避難所へ連れて行ってな。それから、巫女が1人戦死した」


 戦死という言葉に反応して遺体の方向を見た1人の巫女が、すぐにそちらへ駆け出す。


「どうしたん? 」


 突然走り出した巫女は、戦死した仲間の前で止まって、立ち尽くしていた。


「妹、です……。私とは別の隊に居て……」

「……そっか。じゃあ、君が」


 連れて行ってあげて、そう言う前に彼女は小さく頷いた。


「その人に、助けられました。私も、息子も」


 祓魔師の背中に担がれた康二が、1つ声をかけた。時間も無いのだろう。祓魔師達は急いで飛び去って行った。


「そっか……。じゃあ、頑張ったんだね……偉かったね……」


 彼女は戦死した少女に頬ずりをしている。今川は妹の手帳を彼女に渡した。


「メモが入ってたで」


 彼女は手帳を開いて、小さなメモ用紙を読む。

 そして、とうとう嗚咽を漏らして泣き出した。

 今川と西郷は、「何が書いてあったか」とは聞かなかった。


 いつまでも泣いていられないと、彼女はその後すぐにその場を後にした。


 まだ若い巫女だった。20歳程だろうか。

 烏楽の討魔官は、仲間の死に慣れていない。天狗の里と非常に距離が近いこの街では、強力でなおかつ理性が無い妖怪は、軒並み天狗に殺される。


 そのため派遣される討魔官の数も少なく、戦死することなどほぼない。

 若いとなれば尚更だろう。


「西郷はん、被害状況は? 」

「今のところ、民間人11人死亡、342人が行方不明。討魔官は増援部隊含めて15人死亡、685人と連絡途絶だ。今も増えてる」


 被害は甚大であった。大災害と言っていい。なぜ内閣府は『大禍』を宣言しないのか、と今川は憤った。


「さっきみたいなデカイのもおるみたいやし、どうなっとるんや」

「さあな、とりあえず、俺たちはデカイのを潰していくぞ」


 ボヤきながらも、2人は妖怪の討滅のため夜空へと消えていった。

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