第100話 金烏玉兎
空亡が繰り出した刀による斬撃は、確実に道満の首筋を切り裂いた。しかし、その首を切断するには及ばない。
道満は血が噴出する首を自分で抑え、治癒術で即座に回復して見せた。
治癒術は霊力の消耗が激しい。それ故に、乱発すればいずれは霊力切れとなる。
「どんな霊力量をしてやがる……」
平安の頃より、道満の霊力量はずば抜けていた。安倍晴明と比較しても、その総量は桁違いだ。
霊力の出力であれば晴明、量であれば道満。2人のもつ霊力の質は、当然ながら常人のそれでは無い。
銃声と共に、晴明の首筋にも傷が生まれる。芙蓉が放った銃弾で彼の体には風穴が開いた。
その隙に、朝水が斬り掛かる。肩口から腰までを薙刀でなで斬りにされ、晴明の体はずるり、と2つに別れた。
「幻影か……」
質量を持った幻影。朝水が斬ったのは彼の体ではなく、ただの札だ。
晴明は芙蓉の正面に回って、彼女の頭に刀を振り下ろす。
芙蓉が握った拳銃でそれを防ぎつつ、腹に蹴りを入れて反撃に移るが、彼は自身に与えられたダメージを意に介さず、押し合う刀に力を込めた。
そんな彼の横から今度はキャシーが口を広げて噛み付く。そのまま飲み込まんばかりの勢いで突進するが、寸前でかわされた。
数の上では空亡達の方が遥かに有利であった。しかし、伝説の霊術師である2人は、群がる強者達の攻撃にいとも容易く対処して見せた。
――こいつら、本気で戦ってない?
朝水はそう直感した。
小手調べの攻撃ばかりで、こちらの攻撃に対しても避けるだけ。
まるで戦いを長引かせようとするように、彼らは流していた。
「お前ら、何を企んでやがる」
空亡もそれは察していたようで、凄んで2人に問いかけた。
横目に時雨達と霧雨の戦いを見ると、豪風と共に高速で撃ち合う、天狗同士の激闘があった。
空で戦っていた彼らは、やがて戦いの場を地上へと移した。
あちらはどう見ても本気である。霧雨に手加減をする様子は無い。明確に時雨に対する殺意を持っていた。
「答えると思うか? 」
道満はそれだけ言って、再び片手で印を結んだ。
彼の背後に2つの球体が現れる。やがて1つは燃え上がり、1つは黒く染まった。
「“
赤く燃え上がる方は、高温の熱を放出しており、その温度で下にある森が焼け出した。
黒く染まった方は、圧倒的な力で周囲のものを引き寄せる。燃えた木々が、それに吸い込まれて消滅していくのが見えた。
擬似的な太陽とブラックホール。道満は、自身の膨大な霊力量を様々なエネルギーに変換することができた。
熱と引力。強力な2つの力を持った霊力の塊。それはゆっくりと地上に向かって落下していた。
「おいおい、冗談じゃないぞ! “幽玄神威”! 」
空亡は『幽玄神威』を黒い球体に向けて放った。強い力で押し合う。
「はぁ、派手なことをしますね」
呆れたように晴明が呟く。彼は『金烏玉兎』の被害を受けぬよう、飛ぶ高度を高くした。
空亡が押し返せるのは1つで精一杯だった。もう1個の太陽はなおも地上に向かっている。
朝水や芙蓉、キャシーはそれを止めるほどの高威力の技を持っていない。
着弾すれば天狗の里はおろか、人間の街すら危うい状況であった。
「さぁ! これにどう対応する、空亡! 」
空亡は何も言わない。俯いて、ただ目の前のブラックホールを押し返そうと試みていた。
諦めたか、道満はそう判断した。
「“百重結界”! 」
バリバリと音を立てて、道満が生んだ太陽の前に結界が出現する。
葵が印を結んでいた。
「なに!? あの小娘は……」
彼女が莉子の治療に当たっていたことは道満も把握していた。
今、彼女が莉子のそばを離れるということは、莉子を見捨てるということである。葵にそんな真似はできないと彼は思っていた。
「“竜骨”! 」
構築された結界を隔てて、莉子が太陽に向かって拳を突き出した。
接近するだけで燃え上がりそうになる高温から、葵の結界が守っていた。
「なぜ動ける……」
彼女は既に道満の制御を外れていた。術を解除した覚えは無い。彼が倒されるか、自発的に解除しない限り、あの
莉子の胸元に、光るものがある。
翡翠に輝くその勾玉が、彼の術を乱していた――。
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