第101話 百足

「あれは、龍神の……」


 道満が何かを呟いているが、私の耳には届かない。今は目の前の疑似太陽を破壊することに専念しなければならない。


 葵の結界が無ければ、今頃焼け死んでいた。彼女の結界を壁にすることで、何とか道満の術を受け止めているが、中々押し返すに及ばない。


 いや、私だけでは無理だった。葵と2人がかりでようやく互角。

 腕の骨をきしませながら、私は霊力を解放した。


 ――お願い、力を貸して……、お母さん。


 体の自由を奪われていた私を、母が遺した勾玉の光が包み込んだ。私が術から解放されたのはその時だった。

 魔除けとは聞いていたが、道満ほどの術師の霊術も解除できるとは。


 私は再びその力にすがった。

 自分の弱さを自覚した今、頼れるものは何でも頼らねばならない。


 勾玉が光って、暖かい光が私を包む。

 体の奥底から力が湧いて出てくる。


「晴明! 何とかせよ! 」

「無理ですよ、あれは。龍神の巫女の力、我々が太刀打ちできるものではありません」


 奴らは邪魔をしてこない。いや、邪魔できないのだ。


 ――お母さんが、私を守ってくれてる。


 心の奥底から溢れる万能感が私を支配していた。今なら何でもできる。誰にでも勝てる。


 ――解放しろ。


 誰だろう。誰かの声がする。


 ――力を振るうのだ。


 心臓が早くなる。体全部が熱くなって、息が苦しい。

『金烏玉兎』が崩れていく。私が、壊している。


「その代償、高くつきますよ。よ」


 体が熱い。いや、血液が熱くなっている? 自身に起こっている現象を説明する言葉を、私は持たなかった。


「たああああああああ!!! 」


 全身の力を全て拳に込める。筋肉が悲鳴を上げている。

 でも止められない。力の昂りを抑えられない。


 葵の結界がミシミシと音を立てて割れ、その先にあった疑似太陽が真っ二つに割れた。

 同時に、空亡が止めていたブラックホールも破壊される。


 衝撃波が天空に向かって突き上げられ、空中で爆発した。

 静寂がその場を支配した。


「参りました、血を引いているのは妹の方と聞きましたが……」


 あの声、聞いたことの無い声だった。しかし、私は知っている。その主を。

 知っていた、私の体に流れた力の正体を。


「潮時か……」

「待ちやがれ! 」


 芙蓉が晴明に銃を発砲し、朝水が道満に斬り掛かる。しかし、2人は霧のように大気に溶け、その実体を隠していた。


 やがて煙のようにその場から消えた晴明は、ある言葉だけを残した。


「あの天狗は好きにして構いませんよ。あぁそれと、人里が危ないですから、早く戻った方が良いですよ」


 逃がした。そう後悔したのも束の間、葵の無線に連絡が入る。


「はい……えっ!? 」


 驚いて声を上げる彼女の方を全員が一斉に見る。


「どうしたの? 」

「烏楽市の街が、妖怪に襲われてるって」


 絶句する私たちが言葉を捻り出すよりも早く、地上で戦っていた時雨と雪、そして霧雨が上へ上がってきた。

 3人とも息を切らしている。


「先に、この爺さんを何とかしないとな」


 空亡が構えを取る。

 戦力的にはこちらがあっとうてき有利。早く霧雨を倒して、人里の救援に向かわなければならない。


「あの小童どもめ……、まぁ良い。全員まとめて食らってくれるわ! 」


 刹那、霧雨の体が禍々しい気に包まれ、その口から何かが出てくる。


「が、おおお……」


 百足むかで。無数の足を気味悪く動かし、顎を鳴らしながら、霧雨の口から生えていた。

 縦にすればビルほどの長さはあるだろうその巨体を波打たせながら、私達を捕食しようとしていた。


「えぇ!? なにあれ!? 」

「まさか道満の術の正体は、あの蟲か? 」


 葵の声に答えたようにも見える空亡の言葉。つまり、道満はあの蟲を植え付けることで対象を操っていたのか。


「ちょっと、私の中にもあれがいるってこと!? 」

「……術が解けてるから、死んでるだろ多分」


 ゾクゾクと背筋が寒くなる。

 虫は嫌いだ。自分の体の中にいるなんて耐えられない。


「誰でも良いから、後でお腹切り開いてでも取ってよね! 」

「いくらでもやってやるよ! 生きて帰れたらな! 」

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