第99話 痛み

 今の私は道満、晴明の手駒だ。私自身の意志とは関係なく、仲間達を襲ってしまう。

 それならば、無理やりにでも戦えないようにすれば良い。


「早く! 私をダルマにすればもう皆を襲うことは無い! 」


 私は治癒術が使えない。いくら操っているとは言っても、私本人の能力を超えた霊術の使用は出来ないはずだ。


「な、何言ってるの! リコちゃん。そんなことしたら……! 」


 葵が言わんとしていることは分かる。ここには葵や空亡をはじめ、治癒術を使えるものが多くいる。

 だが、手足を再生すれば、私は再び皆を殺そうとするだろう。


 つまり、術が解けるまで私は回復できない。激痛に耐えながら戦いが終わるのを待たなければいけない。

 最悪、痛みでショック死するだろう。


 しかしそんなことを言っていられる状況では無い。


「このままじゃジリ貧でしょ! 空亡でも、朝水でもいいから、早くして! 」


 そうこうしている間にも、私の衝動は高まっていく。殺したい、戦いたい。

 今は意識だけは私のものであるが、いつ頭の中まで奴らのものになるか分かったものでは無い。


「……分かった」


 空亡が妖力を集める。私に斬撃を飛ばす準備だ。


「ま、待って空亡くん! 」

「“現世うつしよ”」

「待ってよ! ねぇ! 」


 葵の叫びを無視しながら、彼は術を発動する。自分の腕に、刃物が当たるような感覚がした。


 キン、という音と共に手足の先の感覚が無くなる。そのかわり、斬られた先の方から耐え難い痛みが走った。


「――――!!! 」


 言葉にならない絶叫を上げて、私は地上に向かって落下していく。斬られた場所から噴き出る血が、ひこうき雲のように空に伸びていた。


 誰かが私をだき抱える。圧倒的な痛覚に支配された視界では、その人物を捉えることはできない。


「リコちゃん! リコちゃん! 」


 あぁ、多分葵だ。傷を修復しない程度の治癒術で、何とか私の痛みを和らげようとしている。


「葵! あなたはその子を! 私達が奴らを倒します! 」


 朝水が勇ましく吠えて、道満と晴明が張る結界に攻撃を仕掛けるのが見えた。

 芙蓉も結界の解除を試みているが、まるで効果がない。

 そもそもあれは本当に結界なのか。


「“常世迦具土とこよかぐつち”」


 超高密度の妖力が辺りを覆い隠した。空間に浮かびだしたおびただしい数の瞳が、敵を睨みつける。

 空亡の妖力が高まり、力が解放された。


「“幽玄神威”」


 彼が持つ刀、『神亡』の切っ先に妖力の塊が出現する。最初はビー玉ほどの大きさだったが、すぐに人間の身長よりも大きな、巨大な球へと姿を変えた。


 彼はそれを構わずに道満と晴明に向かって発射した。

 たまらずに印を結ぶ手を解き、結界を捨てて彼らは左右に散った。


 間一髪で避けられた『幽玄神威』が天空で破裂し、衝撃を地上にもたらす。

 大地が抉れ、木々がなぎ倒された。


「相当、頭に来ているようだな、空亡よ」


 道満が冷や汗を流しながら空亡に言う。術は解除されたように見えるが、まだ私の体は自由にはならない。


「操ることが出来ずとも、あの女の体は動かぬままだぞ」

「だったら、お前を殺して無理やり解除してやるよ」


 空亡は瞬時に距離を詰める。空間を飛ばした瞬間移動は、対応不可の不可避の攻撃だ。

 刀の切っ先が、道満の首筋に触れる――。

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