第98話 傀儡

 私の体の中に、何者かの意思が介入してくる。血管に虫が入ったように痛んできた。手足がビクビクと勝手に動き出す。


「こ、これは……」

「リコちゃん……? 」


 私を心配したのだろう。葵が肩に触れてくる。電気が走った気がした。


「ダメ! 離れて! 」

「えっ? うわぁ! 」


 腕が勝手に動き出して、葵を殴りつけてしまう。私の意識ではない。誰かが体を操っている。


 見えない糸に引かれて体が動き出す。


「リコちゃん、どうしたの!? 」

「分からない! 体が勝手に! 」


 慌てて間に入った空亡が私の腕を抑えた。強い力で締め付けられ、ピクリとも動かない。


「まさか、さっきの術……」


 私の腕を抑えながら、空亡は道満と晴明に目を向けた。


 先程奴らが唱えていた変な呪文。あれが元凶となっているのか。

 必死に抗おうとしてもできない。抵抗する方法が分からない。


「儂の術は他者を操ることができる。式神のようにな」


 道満が印を結んだままの状態で語りかける。奴が言葉を発する度に、腕に力がこもる。


「そして私が相手の心の抵抗力を奪う。精神が弱い者ほど、道満の術はかかりやすい故」


 2人の術が合わさることで相乗効果が生み出されている。

 意識していれば道満の術は効かない。だが、精神の扉が開かれればそれも無駄。晴明は私の心を無理やりこじ開けたのだ。


「心にトラウマがあるものほど、心を犯しやすい。あなたは、心に傷を負っていた」


 ――心の、傷……。


 道満が術を強める。体に動け動けと命令される。脳から無理やり信号を送られて、自分の体を好き勝手にされてしまう。


「止めて! 私は、こんな事……! 」


 空亡の腕を無理やり払う。

 正常な状態ではありえない程のパワー。脳のリミッターが外れていることで、身体能力が高まっていた。


 拳に霊力が集まる。自分の力であるはずなのに、自分では制御できない。

 抗えない衝動。

 私は、空亡を殴りつけた。


「ぐっ! すまん莉子、少しだけ痛い思いをさせるが、我慢してくれよ」


 私の腹に空亡の拳が入る。

 胃の中から何かがせり上る感覚。強い衝撃に、意識が飛ぶ――


 ――はずだった。

 到底耐えられないダメージが与えられたはずだ。しかし、私の体は動き続ける。

 空亡の腕を掴んで、顔面を殴りつけた。


「な、んで……! 苦しいのに……」

「貴様の意識は儂の手の内。気絶などできるものか」


 顔から血を流した空亡が再び私の腕を掴む。何とか落ち着けようとしているようだが、私の体は止まってはくれない。


 殴れ、殺せと命令される。


「リコちゃん、ごめん! 」


 空亡が後ろに飛び退いた瞬間、葵が印を結んだ。

 私の周囲を取り囲むようにして、結界が構築される。


 ――“竜骨”。


 体は身勝手に霊力を集め、技を使う。一撃で葵の結界が破壊された。


「嘘っ! 」


 私の拳が葵に向かう。


「いや! 止めて! 」


 彼女は何とかそれをかわして、空亡が再び私を押さえつけた。

 振り払おうと暴れる。


 ――どうすれば……。


 気絶はできない。抑えるだけでは術が切れることもない。

 このまま2人の霊力切れを待つか? いやダメだ。

 そもそもこの術にどれだけの霊力が必要なのか分からないし、アイツらの霊力の量だってきっとかなり多い。

 それまで皆が耐え切れる保証は無い。


「空、亡……」


 私は最後の手段に出る。


「私の両手と、両足、斬り落として……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る