第97話 ドーマン・セーマン

「“現世”! 」


 空亡の斬撃はただの斬撃ではない。彼が昔に受けた攻撃を記憶し、それを空間に押し付けている。

 つまり、斬るための予備動作も必要無く、ただ相手の体が切断されるだけだ。


 だが、晴明と道満はその斬撃が見えているかのように避ける。


「妖力を探知してるのか……」


 私が見たところ、奴らは空亡の妖力の流れから攻撃される場所を予想している。

 空亡の妖術は確かに特殊だ。しかし、妖術であるということは妖力を使わなければならない。真っ向から攻撃を当てるのは困難だ。


「“連弾”」


 芙蓉が持つ銃から放たれた弾丸が、空亡の攻撃を避けた2人に向かって飛んでいく。

 一発だけの銃声。しかし、銃弾は無数に増加し鉄の雨となった。


「“潰蛙”」


 銃弾が押し潰され、紙のように薄くなる。

 晴明が使うあの技、見たことがない霊術であった。

 葵のように結界で潰しているのでは無い。遥か昔の、失われた霊術であることは確かだった。


「“叫雷”」


 次いで仕掛けたのはキャシー。咆哮が木霊する。少し前は単なる衝撃波だったが、今は違う。

 彼の妖力が強い静電気のように空気中を駆け巡って、晴明と道満を攻撃する。


 まともにそれを受けた2人は、電撃で黒く焦げるが、それでは死なない。

 すぐに動きだし、道満が反撃した。


 刀の切っ先がキャシーの目を掠める。


「“四重結界”」


 葵の結界が道満を押し潰しにかかるが、そう容易くは引っかかってくれない。その場から跳ねるように離れた彼は、逆に葵に斬りかかった。

 結界の発動が間に合わなかった葵は小刀でそれを受け止める。


「“竜骨”」


 道満は後ろを向いている。

 今なら当てられる。


 そう踏んだ私は渾身の霊力を絞り出して、拳を振り下ろす。


「動きが単純ですね」


 晴明が回り込んで私の腕を斬る。

 斬られた腕が宙を舞う。


 痛みを感じる暇もなく、次の刃が迫っていた。

 甲高い音を立てて、その太刀が弾かれる。


 朝水が前に立ちはだかって刀を止めていた。

 斬り落とされた私の腕もいつの間にか治っている。


 朝水と組み合う晴明の顔面に蹴りを叩き込んでいく。彼女に気を取られていたのだろう。今度は防がれることは無かった。


 鼻血を噴き出しながら吹き飛んだ彼は、空中でくるりと回転して体勢を立て直すと、傷を治し始める。


 すかさずに追撃する。今度は朝水と共に。

 晴明は私の拳を手のひらで受け止め、朝水の薙刀を太刀で受け止めた。


「嘘っ!? 」


 そのまま体を振り回されて無理やり距離を離される。

 私達の背後から精密に射撃された芙蓉の弾丸も、彼は紙一重でかわしていた。


 ――さっきから私の攻撃が全然当たらない。なんで!?


 私が繰り出した打撃で、明確に当たったのは不意をついたあの一撃だけ。

 完全に動きを読まれていた。


「あなた、霊術を使い始めてから日が浅いでしょう」

「それがどうしたのよ」


 晴明は口元に手を当てて、喉の奥で笑う。


「力の扱いに慣れていません。やみくもに力を入れるばかりで、全部大ぶり。確かにあなたの霊力出力は素晴らしい。ですが、当たらなければ意味がありません」

「……随分親切ね。師匠にでもなってくれるの? 」

「年寄りというのは、下の者が気にかかるのですよ」


 私が使っている技は、誰かに教えてもらったものでは無い。

 お母さんが遺した秘伝書を自分で読み解いて、何とか形にしたものだ。


 精度は未熟だし、何より私は実戦経験が少ない。空亡と組手をしたことはあるが、本気の殺し合いをしたのは、九尾の里でのあの事件が初めてだった。


「霊術というものは、単なる力の押し合いだけではありません。もっと、搦手からめてを使うものですよ」


 彼は私達から離れていき、道満も彼に接近する。

 晴明が人差し指と中指を立て、その手を腰につけた


「これが、霊術というものです」

「老婆心など持ち寄って」


 道満が文句を言いながらも同じように印を結んだ手を腰につける。


 2人は鞘から刀を抜くようにして腰から指を抜き、何かを唱え始めた。


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん


 唱えながら、横、縦、横と線を引いていく。

 当然、その隙に攻撃を試みるが、相手の結界に阻まれて届かない。


 やがて格子状の印が彼らの前に完成した。


「“ドーマン・セーマン”」


 自分の体に悪寒が走ったのが分かった。

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