第93話 多勢に無勢

 数百人はいるであろう人間と、それより遥かに多い低級の妖怪達。


 ワラワラと胡麻粒のように散らばっている。


 私達は敵の様子を隠密用の結界に包まれながら観察した。


「莉子様、本当に良かったのですか? 」

「当たり前でしょ? 亡雫は私達にとっても大事なものだしね」


 あの後時雨から事情を聞かされた私達は、無理を言って同行させてもらった。

 何より相手は道満と晴明である。いかに天狗の頭領といっても、手に余るかもしれない。


 聞いたところによるとやたらと強い爺さん天狗もいるようだし、彼女は協力を強く拒むことはしなかった。


「それにしても、随分と数が多いわね。興亡派ってこんなにいるの? 」

「ううん。なにかおかしい……。あれだけの人員が、いったいどこに……」


 数百人も脱法霊術師を揃えれば、討魔庁も勘づくだろう。

 どうやって隠していたのだろうか。


「そんな事はどうでも良いだろ。まずは露払いだ」


 空亡は片手を突き出し、手のひらを興亡派の群衆に向けた。

 妖力が集中し、形となる。


「やりすぎないでよね? 」

「分かってる。“幽玄神威ゆうげんかむい”! 」


 巨大な妖力の塊が撃ち出された。木々を薙ぎ倒し、轟音を立てながら敵の元へ向かっていく。


 あれで残るのは1部の猛者だけ。道満達だけであれば、この人数で当たれば十分戦える。


 だが、そう上手くは行かなかった。

『幽玄神威』が、結界で弾かれた。


 雷が落ちたみたいに、一瞬光ってから轟音と爆風が飛んでくる。


 私達は飛ばされないように踏ん張りながら、状況を把握した。


「くそっ! 晴明だ! あいつ、俺たちの動きに勘づいてやがった! 」


 数百人の興亡派と低級妖怪が羽虫のように一斉に飛び立つ。

 今の一撃で私達の場所はバレてしまった。


「やるしかないわね」

「莉子ちゃん、絶対に、無理しちゃだめだからね! 」


 葵が心配そうな目で見つめる中、私は先陣を切って敵の軍勢にかかる。


 皆が後に続いた。


「“竜骨”! 」


 とりあえず目についた敵に攻撃する。法衣を纏った興亡派の術師は、私の攻撃を何とかかわした。


 ――避けられた!?


 そのまま反撃に移り、敵の刀が私の脇腹をかすめた。


 ――こいつら、ただの雑魚じゃない!


 目の前にいる敵を蹴り飛ばし、仲間たちに叫ぶ。


「みんな、気をつけて! こいつら結構強いわよ! 」


 倒せない相手では決してない。ただ、1人ずつ1撃で沈める、ということはできない。

 ある程度の交戦が必要となる。


 敵は大軍だ。手間取っていると、あっという間に囲まれる。


 見ると、空亡と時雨は余裕がありそうだが、葵とキャシーは私と同様に苦労している。


「空亡! こいつら一気に倒せない? 」

「無理だ。こいつら、妙な結界を体に仕込んでる。妖術の効果が薄れてやがる」


 これも晴明の術だろうか。

 妖術が減衰する以上、空亡といえど肉弾戦に頼るしかない。


「……っ!? おい、冗談だろ!? 」


 空亡が何かに驚く。彼の視線の先には、先程彼が殴り飛ばした人間。

 頭が吹き飛んで、どう見ても死んでいる。だが、それは空を飛び続ける。


 そして、モゾモゾと動いたかと思うと、消えたはずの頭が、生えてくる。


「どうなってる……! 」


 私が倒した敵も、葵や時雨が、そしてキャシーが倒した敵も、全員がその場で復活していく。


「ちょっと、これ、不死身ってことなの? 」

「ちょっと、ヤバいかも……」


 葵が冷や汗を流す。

 私達が相手にしているのは、不死身の集団。これではらちが明かない。


 いずれ私達の霊力が尽き、殺される。


「時雨! 本気で戦え! 」


 空亡が隣にいる時雨に叫び出す。


「俺とお前が一緒にやれば、あのヘンテコな結界も突破できる! 」


 言うなれば、ゴリ押しだ。

 だが、最強クラスの大妖怪が2人いる状況なら、それが最も効率が良いかもしれない。


「し、しかし……」

「里のことなら心配するな! 葵、結界で俺たちの力をこの場に封じ込めろ! 外に出すな」

「分かった! 」


 それでもなお、時雨は全力を出し渋る。

 トラウマと、かつての惨事を引き起こしたという負い目が彼女にのしかかっていた。


 数瞬の間、彼女は迷った。

 その思考の海から引き戻したのは、声だった。


「時雨様!」

「雪! なぜ!? 」

「支援です! もうすぐ澄晴様もやってきます! 」


 突然現れた雪は、群がる興亡派を次々とけりたおした。

 さすがは天狗と言ったところか。


「時雨様、そのお力、お使いください! 」


 次々と敵の動きを止めながら、彼女は時雨に近づいて行く。

 やがて彼女の前に立つと、その肩を揺さぶった。


「お願いします! 過去を、切り払ってください! 」


 時雨は悩む。


「時雨様! 」


 悩む彼女の背後に、刃が迫った――。

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