第81話 不死身

 対峙する朝水と鵺。一瞬の静寂の後、朝水が一気に距離を詰め、薙刀を振りかざした。


 刃が鵺の体を斬り裂き、鮮血が飛び散る。


「ほお、人間にしてはよくやる」


 しかし、彼の強靭な肉体と生命力の前では致命傷には及ばない。

 鵺が薙刀の刀身部分を握って、自分の体にねじ込まれた刃を無理やり引き抜いた。


 朝水も押し込もうと力を込めるが、単純な腕力では鵺が勝る。


「だが、貴様のような術師は平安にはいくらでもいた。これで精鋭とは、平和に牙を抜かれたようだな」


 蛇の尻尾が朝水の顔面を貫く。続けざまに、胸に掌底を叩き込まれ、彼女の心臓は消し飛んだ。


 2メートルほど、ふわりと浮いた体は、そのまま地面に叩きつけられる。


 即死。脳と心臓を一瞬で破壊されたのではひとたまりもない。


「ふん、他愛もない。ではその肉、味わってみよう」


 のそのそと緩慢な動きで、舌なめずりをしながら朝水に近づく。


 暫時倒れ伏していた朝水の体だが、鵺が歩みだしたところで、突如として動き出した。


「っ! なんだ! 」


 確実に仕留めた。鵺はそう思っていた。


 しかし、朝水は立ち上がる。胸に開いた大きな穴と、破壊された頭部を再生させながら。


「馬鹿な! 人間があれを食らって……」

「“加護”って、知ってますか? 」


 動揺した鵺の言葉を遮り、朝水が出した加護という言葉。


 鵺はそれを知っていた。


「まさかお前、神の力を……」

「ご名答」


 加護とは、八百万の神々に生贄を捧げることで得られる力である。

 人間の身でありながら、神の力をその身に宿すことができる。


 どんな加護を貰えるかは完全にランダム。強力なものから、とても生贄という代償を支払うには釣り合っていないものまで。


 人間1人の命を犠牲にしなければならないことと、ギャンブル的な性質から過去にも、現在でも実践した者は少ない。


「私が貰った加護は、『命境待猶めいきょうたいゆう』。効果は、。頭を吹き飛ばされようが、心臓が無くなろうが、体がバラバラになろうが、死に至るまでに15秒間の猶予が与えられる」


 語る彼女の体は完全に再生しており、戦いを始める前と変わらぬ姿だ。


「普通ならハズレも良いところです。15秒死なないからって、普通なら苦しみが長引くだけ。でも、私にはとっては、“大当たり”です」

「即死しないからって、治癒術が間に合わなければ……! 」


 鵺が自慢の豪腕を振りかざし彼女の腹を抉る。上半身が吹き飛ばされた朝水の体は、下半身だけぽとりとその場に倒れた。


「この傷は15秒では治せまい」


 治癒術は重傷になればなるほど、治りが遅くなる。この傷では普通の霊術師であれば、15秒ではとても間に合わない。


 そう、であれば。


「なにっ!? 」


 徐々に起き上がる朝水の体。筋繊維が糸のように絡まり、細胞が分裂しながら彼女の体は脅威的な速度で再生していく。


 やがて、彼女の体は完全に治癒した。


 衝撃的な光景に、鵺は絶句した。この精度の治癒術を扱える者を、彼は見たことがなかった。


「私、治癒術には自信があるんです。どんなに深い傷も、コンマ秒単位で回復出来ます」


 彼女が初めて治癒術を行使したのは、なんと4歳。事故で片足が千切れた父の足を即座に治してみせた。


 そんな朝水の治癒術の精度で為される、超速度の回復。それが『命境待猶』と合わさることで、彼女の体は不死身と化していた。


 いかなる攻撃を受け、何度倒れようとも傷を再生して立ち上がる。


 東雲朝水は。いつしか人々はそう言うようになった。


「妖怪って生命力が高いですよね。何度殺したと思っても立ち上がってくる」


 今度、相手に寄っていくのは朝水の方であった。


「でも、私とは違って、殺し続けていればいつか死ぬ」


 彼女は薙刀の切っ先を鵺に向ける。


「さぁ、あなたは何度殺せば死にますかね? 」

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