第82話 不死身②

「ほざけ人間如きが! 」


 絶叫するように鵺は朝水に飛びかかり、その腹を腕で貫いた。


 彼女はその腕を片手で掴み、鵺の頭に薙刀を振りかざす。


 割れる猿の頭。苦悶しながら鵺は後ずさりする。


 続けてその体を、刃で刻まれていった。


「私に耐久力で勝てるわけないでしょ? 」


 たぬきの体も、虎の手足も、蛇の尻尾も、薙刀で斬られ赤く染っていく。


 鵺は苦し紛れに腕を振り回して反撃するが、頭を砕いても、内蔵をえぐりとっても、朝水は攻撃を止めない。

 せっかく与えた傷も、すぐに回復していく。


「離れろ! 」


 たまらず、彼女を蹴り飛ばして距離を取った。蹴られた朝水の体は大きく凹んでいたが、それもすぐに治癒する。


 ――こやつ、死なぬからと自分の体を守っていない……!


 通常、霊術師は肉体へのダメージを避けるため、霊力で体をコーティングする。彼らが妖怪の攻撃にも耐えられるのはそれが要因だ。


 だが朝水にそれは必要ない。何を食らっても死なないのだから、守りに使う分の霊力も、全て筋力の増強や武器の威力を上げるために転用できる。


「いくら治癒術に優れていても、霊力が切れればなにも出来まい」


 鵺は朝水の霊力切れを狙った。

 治癒術も所詮は霊術である。しかも消費する霊力量は数ある術の中でも特に多い。


 殺し続ければ、いつか霊力が無くなる。

 そう鵺は考えた。


 彼は朝水に飛びかかってその強靭な肉体で連撃を浴びせる。

 内蔵を、骨を、神経を、肉体の全てを破壊せしめんとする打撃は、確実に朝水の体を損傷させた。


 彼女の体は傷を受ける度に再生していくが、鵺はある違和感に気づく。


 ――なんだ……? 霊力が減っていない?


 朝水の体深くに感じる霊力。それは、いくら彼女が治癒術を使おうとも減衰しない。


「どうなって……」

「私が回復できるのは、体だけではありませんよ? 」


 朝水の手が鵺の頭を掴み、霊力を流し込む。エネルギー波に飛ばされた鵺の体は宙を舞う。


 何とか着地した鵺は吠えた。


「どういうことだ! 」

「治癒できるんですよ。

「なに……? 」


 治癒術を極めた朝水が回復できる対象は、肉体だけでは無い。

 消費した霊力すら、彼女は治癒する。


 単に傷を癒すだけでは、霊力という限界にぶち当たる。

 それでは、真の“不死身”とは言えない。


 故に彼女は、霊力に対する治癒術に辿り着いた。治癒術の天才である彼女ならではの境地。過去にも、現在にもそれに到達したのは彼女だけである。


「消費する以上の速度で霊力を回復すれば、実質的に霊力量は無限です。私に“ガス欠”は存在しません」


 鵺は悟る。自らの敗北の未来を。


 ***


「本当に特殲とやるつもりか? 鵺」


 男は黄色い目玉で鵺を見据え、呆れたように言った。


「足止めの必要など無いぞ」

「はっ、足止め? 笑わせるな。現代の霊術師の味が知りたいだけだ」


 鵺はそう吐き捨て、男に背を向ける。

 男は静かに言った。


「また地獄に逆戻りするぞ」


 ***


 ――こういう、ことか。


 鵺の頭の中に走馬灯のように男の声が反響する。


「“壊復かいふく”」


 戦意を喪失した鵺の体に、朝水の手が触れる。


 瞬間、鵺の体が膨れ上がった。


「な、これは……! 」

「あなたの体の細胞を無理やり増やしました。傷を受けていない状態で細胞が増殖させ、爆発させるんですよ」


 風船のように膨らんだ鵺の体が勢いよく弾け、臓物をぶちまけながら彼は倒れ伏す。


 妖怪の生命力をもってしても、それを耐え切ることはできなかった。


「妖怪って、しぶといから嫌いなんですよねぇ」


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