第80話 伝説の霊術師

「道満と晴明って……」


 聞いたことがあった。蘆屋あしや道満どうまん安倍晴明あべのせいめい。平安に活躍した伝説の霊術師だ。


 空亡の年齢と封印された時期を考えると、彼らと面識があっても何ら不思議はない。


 だが、道満と晴明は人間のはずだ。とっくの昔に死んでいる。


「久方ぶりよのう、空亡」


 ハゲ頭の大男が、口元に蓄えられた黒い髭を撫でながら不敵に笑う。


「あれが、道満。右が晴明だ」


 空亡が隣で耳打ちする。デカイ方が蘆屋道満で、細身が安倍晴明。


 晴明は切れ長の目を鋭く光らせながら、腕を後ろ手に組んで喋り出す。


「やはり来ましたか。あの方の言う通り」


 ――あの方?


 私が彼の言葉に疑問を持つより早く、空亡が私達を庇うように前に出る。


「何でお前たちが一緒にいる? 仲悪かっただろ。ていうか、なぜ生きている」


 晴明が空亡の言葉を鼻で笑い飛ばし、組んでいた腕を外した。

 前に晒されたその手には、お札が握られている。


「知る必要はありません。


 閃光。激しい光が、私達の目を奪った――。


 ***


「くっ! ここは……? 」


 東雲朝水は自分が立っている場所に、見覚えがなかった。

 どこかの森の中。川のせせらぎが聞こえる。


 ――これは、一体? なんの術?


 晴明が使った、何らかの霊術によって自分はここに転送された、ということだけは理解した。

 だがその術の正体は分からない。彼女にとっても、初めての術であった。


「我が、このような小娘の足止めとはな」


 強大で、澄み渡った妖力。純粋な妖怪の発する、独特の妖気が彼女の背後にあった。


 公家のようなデザインの緑の服を着た男。手足は服に隠れて見えない。

 髪の毛は烏帽子えぼしに隠れおり、緑色の目がよく見えた。


「蘇って久方ぶりの食事だ。その身体、存分に喰ろうてくれる! 」


 男の目が見開かれた。同時に、顔の1部が分裂、いや変形していく。


 進化ではなく、退化するように、人間の顔は崩れ、猿へと変身した。


 手足は膨れ上がり、衣服を突き破った。覗いたのは虎の手足。硬い剛毛に包まれ、鋭い爪が生えている。


 胸筋も膨れ上がって、同じように衣服を突き破りながら、たぬきの毛を生やした胴体が表れる。

 その背後には、彼の臀部から生えた蛇がゆらゆらと不気味に揺れている。


「うわっ、気持ち悪」


 朝水は薙刀を出現させて構えながら、目の前の妖怪を分析した。


 ――ぬえ……か。生き返った? でも、こんな形してたっけ?


「さぁ当代の術師の味、馳走してもらおう! 」


 ***


「はぁ、蘆屋道満と安倍晴明の次は鬼かよ。全くどうなってんだ」


 香月芙蓉の眼前に立つのは、頭から日本の長いツノを生やした鬼女きじょであった。

 赤い浴衣に身を包み、長槍を手に持つ。


「……」

「だんまりか? 乙女同士、もうちょっと会話しようぜ」


 芙蓉は隠しておいた拳銃を握ると、銃口を鬼女に向けた。


「気の良い妖怪って訳でもなさそうだし、殺すぞ? 悪く思うなよ」


 ***


「芙蓉!? 朝水!? 」


 莉子が目を開けた時、その場にいたのは空亡、葵、キャシーだけ。

 他の2人は忽然と姿を消していた。


「またよく分からん術を! 」

「ふふっ、種は明かしませんよ? 」


 ――晴明の術か。


 彼のお札から発せられた光。あれが私達を包み込んだ時、何らかの霊術をかけられたのだろう。


「早く朝水と芙蓉の所へ……」

「リコちゃん。多分、ヤバいのは私達だよ」


 葵が小刀を構えながら、神妙な面持ちで言う。


「相手は、あの道満と晴明なんだから。絶対に油断しちゃダメ」

「よく分かっておるではないか、小娘」


 道満が印を結ぶ。体がビリビリと痺れるのを感じた。


「どれ、遊んでみるか」

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