第77話 エゴ
葵達、討魔官組は神妙な面持ちで、淀んだ重たい空気を体から発していた。
「それで、どうしてそんなに慌ててるの? 」
葵が口を開き語り出す。いつもの明るい笑顔は一切ない。
「さっき、言ってたでしょ。人間に天狗が殺されたから、
「殺した人間を捕まえるためのものじゃないの? 」
彼女は静かに首を振った。
「天狗の掟では、人間に危害を加えられた場合は、報復として人間に攻撃をすると定められています」
葵に代わって、朝水が答えた。
空亡を誘惑している時とは、別人のような雰囲気だ。
「今回の件は、当然ながら良識ある人間の行いではありませんし、討魔庁もそう主張するでしょう。自分達、管理側からの手からも離れた者の行動だと。しかし、天狗達が敵として認識する対象は、日本に住む全ての人間です」
私の胸にざわりとした何かが押し寄せてくる。全ての人間に攻撃を加える。それが意味するものは……。
「天狗達は、人間の街を手当り次第に襲うでしょう。そうなれば、討魔庁も対応するしかありません。人間と天狗の全面戦争になります」
「何とか止められないの? 」
返答は沈黙。意味は『そんなものは無い』だ。
「これは、機密情報なんだけど、リコちゃんになら教えても大丈夫って夜子さんが言ってた。だから言うね? 」
喉が乾く。ごくりと生唾を嚥下した。
「日本で起こった妖怪事案が、もし日本国内で解決困難であると判断された場合、諸外国から日本への核攻撃が始まるの」
「はぁ!? 」
核攻撃、無学な私でも分かる程の大惨劇である。
「妖怪の力は世界から警戒されてんだ。まぁ、核で妖怪を死滅させる事なんて不可能だが、普段から奴らと戦ってない外国には分からない。少なくとも、あいつらはそれで倒せるって盲信してる」
眉間に深くシワを刻んだ芙蓉の語り口は、苛立ちを隠せてはいなかった。
「だから討魔庁としても全力で対処しなきゃいけないし、いざ天狗の攻撃が始まってしまったら、止めることはできない」
三大部族に数えられる天狗との全面対決となれば、未曾有の大災害である。
それこそ、妖怪事案による超緊急事態、“
「そんな事になったら、人間は……」
「ううん。多分、危ないのは天狗の方」
葵が続ける。
「リコちゃん、討魔庁にいる討魔官のうち、霊術師は何人いると思う? 」
「まぁ、3万人くらい? 」
霊術師、しかも討魔官として厳しい訓練を積んだ人間となれば、葵ほどでは無いにしろ精鋭だ。そこまで数は多くない。そう思った。
「正解は、およそ30万。近年は霊術師徴集法の影響で訓練生も格段に増えてるし、それ以外の予備役も含めれば、60万以上。かき集めればもっといるかもしれない」
「そんなにいるのか!? 今の術師は? 」
私より早く驚いたのは空亡。
彼が封印される前から比べても、遥かに多い数字なのだろう。
「それに加えて、特殲だって多分ほぼ全員投入される。前に戦った、拓真くんと明菜ちゃんは私と同じでまだ新人の特殲員なの。当然序列も低い」
葵はもちろん、拓真も明菜もかなりの実力者である。おそらく大妖怪とも戦えるほどの。
「朝水ちゃんも、芙蓉さんも、私よりずっと強いし、もっと凄い人だって特殲にはいっぱいいる。1人で頭領クラス、それこそ麗姫さんレベルの大妖怪を討伐できる子もいる。多分空亡くんでも、今よりもっと完全体に近づかないと勝てない相手だよ」
「冗談きついぞ、おい……」
討魔庁の戦力層はかなり厚い。
天狗がいくら数が多い部族と言っても、せいぜいが数千だろう。
30万、総動員すれば60万以上の霊術師に、特殲の最精鋭。
衝突すればひとたまりも無い。
「天狗に勝ち目は、無い」
結論を出したのは、雪だった。
しばし、沈黙が流れる。
私は、その空気が嫌だった。重苦しい、真面目な空間は嫌いだ。
「だったら、こんな事やってる場合じゃない無いでしょ! さっさと天狗に喧嘩売った馬鹿を見つけて、私達が時雨に差し出すのよ」
呆気に取られたような顔をする討魔官一同。
キャシーは「さんせーい」と私に同調し、空亡も何も言わないが同じだろう。
「葵は夜子さんに連絡取って、天狗が臨戦態勢をとったとしても、迎撃準備と住民避難だけに留めるようにお願いして! 少しでも時間を稼がないと」
「え、わ、分かった! 」
葵は元々、私のお願いは絶対に断らない。
今回はそれにつけ込む形になってしまった。上司からの彼女の評価は下がるだろうし、怒られるかもしれない。
葵へのお詫びはまた今度だ。
「あなた達も手伝って! 朝水は、後で空亡と2人っきりにしてあげるし、芙蓉はキャシーと遊ばせてあげる! 」
「ちょ、おい莉子! 」
「ボクは全然良いけどねぇ」
私の出した交換条件に釣られ、朝水と芙蓉がすっくと立ち上がる。
「何でもしましょう。文字通りですよ」
「特殲の力、見せてやるよ」
現金な人たちだ。
「どうして、天狗のためにそこまで……」
雪が困惑したように、眉をしかめている。
「ここにも、いるんでしょ? 家族を持った天狗が」
「? それは、もちろん」
手を握りしめる。爪が手のひらに食い込むのが分かった。
「戦争なんかになったら、親や子供を失う天狗が出るでしょ? ダメよ、そんなの」
――ごめんね。
お母さんのあの時の表情が、こびり付いたように脳に蘇る。
私と、沙羅と同じ思いをする者は、増やしてはいけない。
例え、それが妖怪であってもだ。彼らだって生きているんだ。
「大切な誰かを理不尽に失って悲しむなんて、そんな事あっちゃダメ。絶対に、あったらダメ」
私は聖人君子では無い。
人助けを率先してやる、いわゆる良い人でも無い。
特別に優しくもないと自負している。
今だって、自分のエゴを押し通すために仲間達を巻き込んでいる。そんな身勝手な人間だ。
でも誰かが悲しむことが、泣くことが、死ぬことが分かっていて、それを見て見ぬふりできる程に鈍感な訳でも無い。
「優しい人ですね、あなたは」
雪が微笑む。
私は優しい訳では無い。
ただ――
「違うわよ。――私は私にとって許せない事があるだけ」
――それだけだ。
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