第67話 野望

 夜の空を背景に、天狗達は空を駆けている。

 並の霊術師では目で追うことも叶わぬ速度で。


 ――消音と、目隠しの結界……。


 反逆者一派が張った結界は、外に音と戦いの様子が漏れないようにするためのもの。

 隠すことに特化したものであった。


 ――救援は期待できませんか。


 時雨の背後に、敵の1人が回り込む。背を突くように繰り出された手刀を、彼女は体を反転させて掴みとり、そのまま相手の顔面に肘鉄を食らわせた。


 鼻の骨が折れたか、顔を抑えながら1人が悶絶する。


 彼女の意識が背後に向いた間隙をつき、また1人の天狗が彼女を狙う。


 首を狙った渾身の回し蹴りは空振りに終わった。


「消えた……!? 」


 天狗のスピードは、数ある妖怪の中でも群を抜いている。

 その頭領である時雨の速さを捉えることは至難の業だ。同じ天狗であったとしても。


 超速で上を取った時雨は、急降下して脳天に膝蹴りを叩き込む。

 頭蓋を砕かれた天狗は、下へと落ちていった。


「やはり、一筋縄ではいかぬか」

「……霧雨、答えなさい。ここまでして頭領になって、一体どうするつもりですか? 」


 時雨の目の前に浮く霧雨は、下品な笑みを浮かべた。


「他の妖怪共を従え、この国を盗る」

「できると、思っているのですか? 」


 笑みを浮かべていた老天狗は一転、眉間に皺を寄せてすり潰すように言葉を発していく。


「我ら天狗は三大部族の中で最も弱い。九尾や鬼に比べ、妖力も力も劣る」


 天狗は三大部族の中では侮られる立場にある。

 人の姿により近い大妖怪の絶対数は、他の2族より格段に劣る。


 九尾は全員が大妖怪の力を有しているし、鬼に至っては外見が大妖怪でなくとも、九尾に比肩する。


 対して天狗は、九尾のように圧倒的な妖術が使える訳でもなく、鬼のように全てを屠る膂力も無い。


 速さこそ優れているが、いざ九尾や鬼と戦っても速いだけでは傷も与えられないだろう。


 だからこそ、彼らは互いに結託し、個ではなく集団としての強さを求めた。


「手を取り合うことで対抗する時代は終わった! これからは天狗こそが、妖怪の最強種として君臨する! 」


 狂信的に、盲目的に天を仰ぐ霧雨を、時雨は冷めた目で見ていた。


「くだらないことを……。天狗が個体としての力で九尾や鬼に対抗するなど……」

「策があるのですよ、私には! が力を貸してくだされば! 」


 彼の目は見開かれていた。

 喜びに打ち震えるようにして、瞳孔がガタガタと動いている。


「時雨様、もしあなたが私と同じ野望を持ち、共に戦ってくださるのであれば、命は助けましょう! その力、失うには惜しい」


 彼女には極めて馬鹿げた提案だった。

 聞かれる前から、彼女の心は決まっていて、それは揺らぐことは無い。


 ――人妖が手を取り合って生きていく世……。


「謹んで、お断りします」

「では、ここで死ね! 」


 彼がそう叫んだ瞬間、その体から何か黒い霧のようなものが溢れ出した。


 攻撃かと身構える時雨だったが、その霧が向かう先は時雨ではない。


 霧雨の部下たちであった。


 悲鳴も上げずに黒に呑まれていく天狗達。

 やがて霧は、霧雨に吸い込まれるようにして戻っていく。


 そして彼の顔より少しだけ高い位置。

 そこに停止した。天狗達を呑み込んだまま。


「何を……? 」


 刹那、霧雨の顔が弾けた。

 否、口が大きく膨れ上がっていた。


 その広がった大口に向かって彼は、霧によって飲まれた天狗を1人落とす。


 蛇のように1人の天狗を丸呑みにした霧雨は、一瞬だけ人型に膨らんだ後、瞬時にそれが消化されたかのように元の大きさに戻った。


 2人、3人と、残りの天狗も飲み込んでいく霧雨。


 何が起こっているのか、彼が何をしているのか分からない時雨は、呆然とその光景を見るだけだった。


 1度だけ攻撃を試みようと、かまいたちを飛ばしたが、黒い霧によって防がれる。


「あなたも、こうして飲み込んでやりますよ」


 霧雨の力は、大きく、大きく、肥大化していた。

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