第65話 いつの日か共に
康二と時雨は恋仲となった後も逢瀬を重ねていた。
2人が出会って、もう1年がすぎようとしている。
時雨は天狗の頭領となり、彼女の不安をよそにおおよそ順調に天狗達をまとめあげていた。
2人は尚も逢瀬を重ねている。
今日彼らはよくその逢瀬に利用する隠れ家で、肩を寄せあっていた。
「時雨様は、やはり立派な天狗です」
「どうしてですか? 」
「あれだけ不安がっていたのに、それを表に出さず、あくまで清く凛々しくあろうとしている。並大抵のことではありません」
時雨は康二の手を強く握った。
「康二様が、こうして寄り添ってくれますから」
彼はここで毎日のように彼女の肩を抱いては、その悩みを聞いていた。
否定も肯定もなくとも、時雨にとってはそれで十分だったのだ。
だからこそ、彼女は部下の前で清くいることができる。
決して穢れのない、完璧な頭領として存在できる。
「でも……」
不意に、時雨が康二の肩を強く押し、そのまま倒した。
「本当の私は、そんなに清らかではありませんよ」
「えぇ、私にだけ、あなたの心の根を見せて欲しい……」
2人分の影は、夜の闇の中に溶けていった。
***
時雨は、子を身ごもった。
紛れもない康二との子である。
彼女達は話し合いの末、人間との子供であることを秘匿とすることにした。
妖力の強い時雨であれば、子が発現する特徴も天狗のものとなる。傍目から見れば半妖であることなど分からないだろう。
腹が大きくなるまでは今まで通り過ごし、その後は側近中の側近にのみ、この事を知らせ、外部との関わりを絶つことにした。
産まれた後は拾い子であるとし、あくまで康二の存在は伏せられる。
人間の王であれば無理がある作戦ではあるが、時雨は天狗だ。
同胞に対する仲間意識が強い天狗にとって、同族の子を拾い育てる行為は、疑われるどころか賞賛の対象だ。
「私は、人と妖怪は共に歩めると思うのです」
康二は口癖のように時雨に語った。
この子は、人間と妖との架け橋となれるかもしれないと。
「今は隠さなければならなくても、いつの日か私達のように、人妖が愛し合える時が来ると思っています」
「だから、時雨様。天狗の頭領として、これからも人とは友好的な関係を築いて欲しいのです」
時雨が人間に対して融和的であるのは、この時の会話が原因であった。
***
「康二様……! 康二様……! 」
時雨は力の限り叫ぶ。腹を抉られた康二に治癒術をかけながら、彼女は愛する者に呼びかけていた。
烏鳴谷は妖の住まう場所。
当然、天狗以外の凶暴な妖怪も出現する。
天狗達はそういった妖怪を討伐してはいるが、全てに対応出来る訳ではない。
今日、康二の前に現れた三ツ目の蛇も、そうして討ち漏らされた個体だった。
いつもの境界まで彼女が迎えに来ると、彼は腹から血を流して倒れていたのだ。
瞬時に状況を理解した時雨が怒りのままに蛇を八つ裂きにした頃には、既に血の海が広がっており、彼の息は途絶えかけていた。
「起きてください! 康二様……! 嫌だ、嫌です……! 」
治癒術は、霊力や妖力を持たない者には効果が薄くなる。
大妖怪である時雨の術は強力だ。それでも傷の治りは遅い。
正直、彼が助かるかどうかは分からなかった。
それでも、彼女は必死に術をかける。
持てる妖力を総動員して、1時間ほど彼に術をかけ続けた。
「康二様……! 康二様……! 」
***
結果として、康二は一命を取り留めた。
絶命するよりも先に、何とか傷を修復できたのである。
気を病んだ時雨は、これからは自分が人里に行くと彼に提案したが、康二はそれを許さなかった。
天狗の頭領が人里にいることが分かれば、政府はそれを脅威と認識する。
たちまち、彼女には討伐命令が下される。
康二は、彼女が自らの身を危険に晒すことを決して許さない。
次第に、2人が合う機会は減っていった。
互いに多忙である以上に、時雨が康二の身を案じていた。
人と妖怪が恋することの困難を、彼女は認識していなかった訳ではない。
しかし、いざそれが目の前に現れると、彼女は恐ろしくなった。
愛する者が食い殺される様を、何度も夢に見た。
それでも、愛が無くなった訳ではない。
このトラウマを払拭して、子を産みまた2人で歩もうと、彼女は康二に伝えていた。
だが、この世界は自分達にとっては非情であったのを、彼女は近く思い知る。
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