第60話 敵か味方か

 神室康二の着る着流しからは、彼の枝のように細い手首が覗いていた。

 触れれば折れてしまいそうな程に頼りのない肉体だが、ハッキリとした口調からは年齢を感じない。


「夜子さんからお話は伺っております。どうぞ、この屋敷は自由にお使いください。空亡様も、いらっしゃるのでしょう」


 だがよく見ると顔が青く、生気が薄く感じる。

 病床にあるという話はどうやら本当らしかった。


 存在を知られていると悟った空亡は、霊体化を解いて顕現する。

 高道は正座の姿勢こそ崩さなかったが、口を大きく開けて驚いていた。


「康二さん。単刀直入で申し訳ないのですが、天狗達に私たちを紹介して欲しいんです」


 康二は隣に座る高道に目配せをした。それを察した高道はそそくさと部屋を出て襖を閉める。


「こちらからお声がけしておいてなんなのですが、時雨様……失礼。天狗の頭領は私の話を受け入れてくれるか分からないのです」

「時雨っていうのが、天狗の頭領の名前なんですか? 」


 葵が口を開く。

 彼は天狗が亡雫を持っていることは知っていた。少なからず面識があると思っていたが、違ったのか。


「あの、どうしてか聞いても大丈夫ですか? 」

「えぇ、構いません」


 康二はどこか遠くを見るように天井を見上げ、懐かしむように言った。


「私、あの人にフラれてしまいまして」

「え? それってどういう……」

「好いていたのですよ、あの人のことを。子供もできておりましたが、まぁ、所詮私は人間です。彼女から見れば、取るに足らない存在だったのかもしれません。急に会ってくれなくなりましてな」


 はっはっ、と笑い飛ばした彼だが、その顔には寂しさが浮かんでいた。

 何十年、1人の女を想い続けていたのだろう。


「出会ったのは、私が18の頃でしたかな……」


 そう康二が語り始めようとしたとき、葵の携帯から私の、リコの曲が流れた。


「ご、ごめんなさい! 」

「ちょっと、電源切っときなさいよ! 」

「おい莉子、口調が……」

「さっそく粗相の嵐だよぉ……」


 私達が大慌てしていると、康二は大きく笑った。


「はっはっはっ。喋る猫様も連れていると聞いておりましたが、本当でしたか」

「あっ、やべ」


 彼の温和な雰囲気に呑まれたのか。キャシーは正体を隠すのも忘れてしまっていた。

 だが、戸惑う様子もなく康二は葵に電話に出るよう促した。


「ありがとうございます……あれ、これ美緒からだ」

「無線使わないの? 」

「あれ耳痒くなるから嫌いなんだよね。あの、リコちゃん達も一緒に聞いたりしても……」

「もちろん、構いませんよ」

「で、では失礼しまーす……あ、良かったらキャシーちゃんどうぞ」


 葵がキャシーを抱いて康二に差し出した。


「おお、これは可愛らしい」

「え!? 僕は聞かせて貰えないの!? 」

「後で伝えるから」


 撫で回されるキャシーを尻目に、私達は1度部屋を出る。

 葵は通話をスピーカーにして美緒と話し始める。


「あ、やっと出た」

「取り込み中だったんですー。で、なんの連絡? 」

「夜子さんに連絡があったの。東雲しののめ朝水あさみさんと、香月こうづき芙蓉ふようさんが、あなた達に味方したいと」


 私達は目を見合せた。てっきり今川と西郷のように、戦って説得しなければならないと思っていたが、物好きな討魔官もいたものである。


「莉子さん達も分かるように、LINEでプロフィール送っといたから。まぁ、自己記入のアンケートだけど」


 更に続けて思い出したかのように美緒が言う。


「あ、それからこれは空亡さんに朝水さんからです」

「俺に? 」


 葵ではなく空亡に伝言? 何か企んでいるのかと私は警戒して彼女の言葉に耳を傾ける。


「Eカップで身長151cmのメガネが似合う美人は好みのタイプかどうか、と」

「……は? 」

「……は? 」


 私と空亡は思わず息が合う。葵は頭を抱えて少し赤面していた。


「それだけです」

「はぁ!? 」

「はぁ!? 」


 もう一度。今度は先程よりも声も困惑もより大きい。


 伝えるだけ伝えて美緒は電話を切ってしまった。


 次に葵に送られてきた2人の巫女のプロフィールを見る。


 1人目はメガネがよく似合う美人。


 東雲朝水 年齢24歳。

 出身地 島根県


 得意な霊術 治癒術。

 好きな食べ物 顔の良い男。初心うぶな方が好み。

 趣味 男漁り(直接的な単語を消した跡あり)。

 備考 今晩の相手募集中。


 2人目は中性的な顔立ちの女性。


 香月芙蓉 年齢26歳。

 出身地 神奈川県。


 得意な霊術 生成術

 好きな食べ物 甘いもの全般。

 趣味 ラブコメ鑑賞。

 備考 前職あり。元自衛官。


「なによこれ……」


 それを見て私達は言葉を失った。

 空亡も信じられないものを見るような目でスマホの画面を見つめ、何度も瞬きをしている。


「えっと、今年の自己紹介アンケートの……」

「そうじゃないわよ! なによこの色欲の化身みたいな女! 後に出てきた人の情報が何も入ってこなかったわよ! 」


 葵は身内の恥を晒したことで恥ずかしくなったのか。頬を赤く染めていた。


「この朝水って女は……ああ、その、なんだ、イカれちまってるのか? 」


 空亡は最大限言葉を選ぼうとしたが失敗。もしくは、選んでこれだったのか。


「いやいや! 朝水ちゃんは全く正常……ではないかもしれないけど、まぁ、危ない人ではないよ。空亡くんは……狙われてるかもしれないけど。主に下半身を」


 葵にここまで言わせるとは、まさかとは思うが普段からこのアンケートのような言動を取っているのだろうか。


 空亡が何か言おうとしたのを制して、葵は私達を元いた部屋に押し込めようとする。


「そ、それはそれとして! 早く戻ろ! 康二さん待たせてるし」

「絶対に置いといちゃいけないだろ今の発言! ある意味命を狙ってくるより怖いぞ!? 」


 私は、知らぬ存ぜぬで通すことにした。

 特殲の巫女が味方につくのであれば心強いし、最悪空亡には生贄となって貰おう。


 彼には申し訳ないと思っている。


 部屋に戻るとキャシーを撫でていた康二さんが、こちらを見る。


「随分盛り上がっていたようですが、なんのお話を? 」

「いえつまらない話です。身内の恥の話などお聞かせする訳にはいきません」


 葵が応答する。朝水に対する彼女は酷く辛辣である。

 ただあれと同じ職場にいる、となればその思いも痛いほど理解できる。


 康二さんは頭の上に疑問符を浮かべた後で、構わずに先程の話を続けた。

 年の功がなせる業だろうか。



「あれは、私が18の頃でしたかな」

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