第59話 神室家
電車に揺られること、およそ5時間。
長く椅子に座っていた影響で体を固くした私達は、あちこちをほぐしながら一息ついていた。
今川と西郷は、夜子さんの庇護の元、長期休暇扱いということで任務から外れたらしい。
やけに距離が近くなった2人を見て、昨日の西郷の戦いが勝利に終わったことを悟った。
土下座をする勢いで謝罪してきた2人を、どうにも
また、葵は現在、夜子さんと連絡を取っている。色々報告があるらしい。
「それにしても、東京に比べて空気が美味しいわね」
駅の付近は烏楽市の中でも比較的発展している傾向にあるが、それでも東京に比較すれば人通りは少ない。
少し離れればすぐに水田や山と谷が広がっていることもあって、コンクリートに塗れたこの街にも、緑の香りが漂っている。
「ごめーん。お待たせ」
駅の中から葵が急ぎ足で飛び出してきた。
膝丈の青いスカートに、涼しげな白いノンスリーブ。
若々しい白い肌が目に眩しい。
「リコちゃんの服オッシャレー。芸能人って感じ」
私は葵と同じような型のブラウンのノンスリーブに、上からカーディガンをマントのように羽織っている。
下はロングスカート。そして、顔にはサングラスだ。
「ちょっと、大きい声で言わないで。“リコ”だってバレたら面倒でしょ」
私は今、アイドル活動を休止している状態だ。
サボって旅行をしているなどと勘違いされれば、週刊誌に何を書かれるかわかったものでは無い。
「今日の宿はもう決まってるんだよね」
足の隙間からひょっこりと顔を覗かせるキャシーが喋る。
通行人に聞こえたらパニックになるだろう。
「そ、夜子さんの知り合いが直接亡雫のことを教えてきたんだって。なんでも、天狗が持ってるって話だよ」
葵が答える。
「普通の人間が天狗と知り合いなの? 」
「まぁ、夜子さんの知り合いだから、普通の人では無いだろうね」
天狗と言えば、九尾、鬼と肩を並べる日本三大妖怪部族の一角だ。
九尾と鬼に比べて数が多く、風よりも速く飛べるらしい。
「まぁ、行けば分かるさ。天狗の頭領は最近変わったらしいから、俺も会ったことはない。その人間が口聞きしてくれれば、そっちの方が良い」
霊体の空亡が頭の中に語りかけてくる。
天狗の頭領はまだ100歳に満たないらしく、空亡とも面識が無い。
天狗も三大部族故に九尾と同じく、知能が高い部族ではあるので意思の疎通は可能であろうが、知人の協力があればそれに越したことはない。
「じゃあ、早速行こう! ええっと、こっちかな」
「葵、地図が逆よ」
***
「でっか」
葵が思わず呟く。夜子さんから送られてきた地図に従って進むと、巨大な和風大豪邸があった。
「烏楽の豪商の子孫らしいわね。今でも大企業を3つ経営してるらしいわ」
私はインターネットから情報を引っ張りだす。
ここに済む
ただ、今は病気が重くなり、自宅で療養中とのことだが、大丈夫なのだろうか。
「こ、これインターホン? 」
葵が大きな正門に取り付けられたボタンを押し、扉が開くのを待つ。
やがて、重そうな木の扉が開き、中からスーツを着た中年の男性が現れた。
「お待ちしておりました。夜子様のご友人方、ですね」
聞くだけで背筋が伸びる、威厳のある声だった。
「私は康二の養子、
神室高道といえば、神室グループの次期総裁ともくされる人物だ。
そんな人が直々に迎えるとは、使用人などはいないのだろうか。
「あ、あの、使用人さんとかはいらっしゃらないのですか? 」
「お客人には最大限の礼儀を払うべき、というのが神室家の教えでして。本来なら父が直接出迎え差し上げたかったのですが、あいにく体調が芳しくなく」
高道さんは温和な笑顔で答えた。
一挙手一投足から、威厳だけでは無い敬意や思いやりが伝わる、さすがは神室家の跡取りだ。
家の中も外のイメージに
九尾の邸宅とは違い、一つ一つの部屋に豪華な飾り立てが施されている。
「こちらです」
やがて、特に大きな一室に案内された。
見事な墨絵が描かれた襖を高道さんが開くと、細い老人が、布団の上で上半身だけを起こして待っていた。
「遠くからはるばる、ご苦労さまです」
しわがれているが、ハッキリとした口調だ。
ネットの情報だと、今年で95歳らしいが、布団からの挨拶でなければとてもそうは見えない。
「神室、康二です。よろしくお願いいたします」
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