天狗の谷編

第58話 色欲狂い

 長野県、烏楽うらく市。山や谷に囲まれたこの土地は、古くから天狗の住処と伝わる。


 のどかな田舎町にある、数少ない栄えた街。娯楽の少ない場所で、遊びに飢えた若者が多く行き交う駅前。


 おさげ髪を垂らし、丸メガネをかけた真面目そうな女性がスマホを弄っている。

 服装はシンプルなTシャツに目立たないジャケット、ロングスカート。シンプルながら清楚な出で立ちであった。


わり朝水あさみ、遅れた」


 彼女の後ろから女性が声を掛ける。

 赤茶色の長髪をした長身の女性である。顔立ちが整っていて周囲の女性の目を引いていた。


 大きめのトレーナーに、黒いジーンズというボーイッシュな格好をしていた。


「構いませんよ、芙蓉ふようさん。今LINEしてるので待ってもらっていいですか? 」


 芙蓉は朝水の肩越しに彼女のスマホの画面を見る。


「また男作ったのか? 」


 呆れた声で芙蓉は言う。


「作ってません。身体からだだけですから」


 そう言って振り向く朝水のメガネから、彼女の澄んだ目が映る。

 メガネが良く似合っており、美人に拍車をかけていた。


「クソビッチが」

「私、一定期間男性に抱かれずにいると死んじゃうので」


 片手で高速でメッセージを送る彼女のスマホ画面には、交際を迫る男性からのメッセージが連なっていた。


「はぁ、めんどくさいなぁ。ブロックしよ」


 速水がブロック機能を使うのが見えた。


「お前、マジでクズだよな」

「面倒なのは嫌いなので。お互い気持ちよくなれればそれで良いのに、どうしてそれ以上が必要なんですか? 」


 ため息と共に頭をかきつつも、芙蓉は仕事の話をする。


「で、本当にあっちの方に味方するのか? 空亡がいるんだぞ? 」

「当然です」


 芙蓉は疑問であった。確かに仲間である葵と戦う可能性もあるが、上手く莉子だけを回収する手立てを考えることすらしていない。


 朝水が赤の他人のことを気にかけるほど、思いやりのある人物だとも思えない。


「なんでだよ」

「写真、見ましたか? 」

「え、そりゃな」


 彼女たちには、事前に莉子とその式神である空亡の写真が渡されていた。


「空亡です」

「は? 」


 朝水は2、3歩ほど歩いたところで再び振り向く。


「すごいイケメンじゃないですか」


 ぺろりと舌なめずりをする朝水。

 芙蓉は頭を抱えた。また朝水の悪癖が始まったのである。


 旅先で男を捕まえては一夜を過ごし、そのまま特に付き合うこともなく捨てていくのが、彼女の生き様であった。


「発情期の猿かよお前は! 」

「良いじゃないですか。私は顔の良い男をゲットできて、お人好しの芙蓉さんは罪の無い女の子を傷つけずに済む。win-winってやつですよ」


 そう言われると芙蓉も何も言い返すことはできない。

 葵や莉子と戦わずに済むのであれば、彼女にとっては願ったり叶ったりだ。


 しかし、朝水の性に対する奔放さはどうにも受け付けなかった。


「なんでそんなに私の生き方が嫌なんですか? 」

「そ、そういうのは、好きな奴とするもんだろ……」


 赤面しながら彼女は小さく呟く。

 朝水からすれば、芙蓉の方こそ貞操観念に縛られすぎていると感じていた。


「そんなことを言ってるから26になっても処女なんですよ」

「うるせぇ! ほっとけ! 」


 言い合いながらも、芙蓉は「まぁいい」と言って本日の宿泊所へ向かおうとする。


 しかし、朝水は彼女とは逆方向に足を進めていた。


「どこ行くんだよ」

「私はさっき引っ掛けた男性とラブホに泊まるので」


 何も気にすることなく遠くなっていく朝水を虚ろな目で見送りながら、彼女は思う。


 ――あいつ、死んだら地獄行きだろうな。

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