第56話 思惑

 部屋の中は重く固い空気に包まれていた。

 応接用の黒いソファ。それに座るのは黒いローブを着た女性。

 その向かいに1人のスーツ姿のアメリカ人が座る。


 護衛とおぼしき2人の屈強な男性は手を後ろに組んで立ったままだ。


「本当に、今回の事案は解決されるのでしょうな? 一条夜子さん」

「日本語がお上手ですね。ケビン国防長官」


 地毛の金髪をワックスでビジネスモデルに整えたアメリカ人は、アメリカ合衆国の国防長官である。


 質問に答えない夜子の態度に、若干の苛立ちを覚えながらも、冷静な姿勢な崩さない。


「日本に住んでたことがありましてね、それで日本語も少々。そのおかげで、こうして極秘にあなたと話すことができる」

「ゲホッ、ゲホッ、ごめんなさいね。少し風邪気味で」


 早く答えろ、と彼の青い目が訴えていた。体格のよいケビンは相当の威圧感を放っていたが、夜子は全く動じない。


「ご心配はありません。空亡の問題は日本だけで留めます。それに」


 彼女は目を細めて言う。


「仮に事態の鎮圧に失敗したとしても、その時には人類にできることはありません。を使いますか? 」


 ケビンの眉がぴくりと動いた。アメリカの思惑が夜子に伝わっていることに若干の動揺を見せている。


 ケビンは低い声で話す。


「先の大戦で、アメリカは日本と戦うことなく和平を結んだ。なぜだかわかるか?」


 夜子は微笑むばかりで答えない。


「君たち霊術師の影響だ。我々は日本が霊術師の力を使わないことを条件に日本を軍事的に保護。日本はそれの証明のため軍隊を捨てた」


 ケビンは手を組み替えながら、探るように言葉を紡いでいく。


「この国は籠だ。妖怪と霊術師という化け物達を封じ込めるためのな。その力が、もし外国に向けられるようなことがあれば……」


 彼の双眸が夜子を捉える。睨むような眼に、夜子の微笑みも消えた。


「世界秩序は、崩壊する」


 しばらく静寂が流れた。その緊張感に護衛の男が1人、汗をかく。


「……心配には及びません。あなた方が危険に晒されることなど、万に1つもありません」

「しかし……」

「なんでも結構です」


 ケビンの言葉を遮って、夜子の声が少しだけ大きくなる。


叡智の炎でも何でも打ち込んでみてください」

「な、なに? 」


 彼が今日、初めて感情をあらわにした。青い目が揺れ動く。


「空亡は、それでは殺せません」


 ケビンは手の震えを悟らせまいと拳を固く握りしめた。


「あの妖怪は国どころか、この星すらも滅ぼせる存在です。あなた方の祖国を海の底に沈めたいのでなければ、大人しく私達に任せてください」


 開こうとした口をもう一度閉じ、ケビンは席を立って、扉に向かう。


 足取りは重い。


 護衛が慌てて彼に同行する。


「……全て、一任する」


 静かに、扉が閉められた。


 ***


「ご心配には、及びませんよ。えぇ、本当に」


 夜子は1人、応接室の窓から外の景色を見ている。


「任せたわよ。葵ちゃん」

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