第53話 大宴会
涙も枯れた頃、既に日は落ちかけていた。
麗姫達はもちろんのこと、後ろの九尾達も全員が泣いている。
「ぐっ、ひっぐ……うぅ……」
そして何故か空亡までも。
彼が人間界のアニメや漫画で目を潤ませている所は見たが、どうやら俗世に染まりすぎているようだ。
初めて会った時はもう少し大妖怪としての威厳を感じたものだが。
――まぁ、今回は私も人の事言えないわね。
目尻を拭って伸びを1つ。
さすがに連戦を経験したのは初めてだ。あんなに長い時間空中にいたのも含めて、かなり披露が溜まっていた。
「あぁ。疲れたー、腹空いたー、ご飯食べたいー」
「お、おい! 」
「ちょ、ちょっとくっつき過ぎちゃう? 葵ちゃん」
葵が駄々をこねるように西郷にもたれている。横にいる今川の表情が暗いのが気になるが、空腹なのは私も同じだ。
「莉子ー、お腹空いた。チュールない? 」
「ごめん。持ってきてない」
今日1日妖力を消費し続けたキャシーは、猫が大好きなあのおやつをご所望だが、あいにく持ち合わせがない。
私もすぐに何か食べたい。その辺のホテルにでも止まって、さっさと夕飯にありつきたかった。
「そ、そうじゃ! お主ら」
帰ろうとする私達を目を泣き腫らした麗姫が呼び止める。
「今日はお主らへの感謝も込めて宴を開こうと思っておる。良ければどうじゃ」
一同は顔を見合わせ、そして2つ返事で了承した。
***
色とりどりの料理が並んでいく。
寿司、刺身、ステーキ、天ぷら、唐揚げ。
人気料理を片っ端から集めたようなメニューで、統一感は微塵も感じない。
だが、美味しいものはもちろん美味しい。
「おかわり! 」
葵が元気よくおかわりを要求している。
快活で健啖家の彼女は、既に狐たちのお気に入りのようで、中年の九尾から大層可愛がられている。
「葵ちゃんはよく食べるから、見てて気分が良いねぇ」
「うんとお食べね」
「はーい! ありがとうおばちゃん! 」
キャシーは時と華に構われており、いつもなら彼の特等席である私の膝は空いている。
「猫ちゃーん、ちゅーる? っておやつ買ってきたよ」
「えへへ、もふもふだぁ」
「ふふん」
本猫も満更でもなさそうだ。
空亡はというと、九尾の男衆から羨望の眼差しを受けている。
最強の妖怪と知れ渡る彼に憧れる妖怪も多いらしい。
「それでその暴れ回ってた龍を、『幽玄神威』を使って俺が一撃で倒した訳よ」
どっ、と歓声が上がる。
「さすがです! 他にはどんな技を? 」
「他には、悪神を討伐した時に島1つを消し飛ばした……」
酒が回って気分が良くなった空亡は自らの武勇伝を語り聞かせ、その度に黄色い声が上がっていた。
「空亡様、素敵……」
「へへ、様付けなんて久しぶりだな」
女狐からも言い寄られ、鼻の下を伸ばしている。
もっとも、その武勇伝に誇張が無さそうなのが恐ろしい。
西郷達の方を見ると、今川が彼に何か耳打ちをしていた。
「ここで告白しときやって」
「だから俺は別に……」
「いい加減認めたらどうなんや。大丈夫や、吊り橋効果で成功するって」
討魔庁という殺伐とした職場であっても、色恋沙汰は絶えないらしい。
逞しいものである。
麗姫は全体を見渡しながら機嫌よく盃を傾けていた。
彼女曰く「客人が喜んでくれるのが1番嬉しい」らしいが、どう見てもその視線は女性陣に注がれている。
私もさっきから視線を感じ、何だか狙われているような感覚を覚えるが、気づかないふりをしておく。
がやがやと盛り上がる大広間の中、襖がそっと開いたのが見えた。
今川と西郷が抜け出していく。
「甘酸っぱくていいわねぇ」
「莉子ちゃん、結構お酒好きなんだね……」
葵が私の背後に転がる8本の一升瓶を見てそう呟いた。
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