第52話 再会の時を

 しばらく経って、葵とキャシーが合流してきた。


 何故か大量の九尾狐を引き連れて。


「葵、後ろの人たちは……? 」

「この山の九尾さん達でさぁ! 人質がもう居ないって知ったら、雑魚狩り手伝ってくれたんだよ」


 全員着物を着用しており、一様にこちらへ頭を下げている。


 麗姫がその前に立って、同じように頭を下げた。


「人の子らよ。此度は、なんと礼を申したら良いか分からぬ」


 涙声でそう告げる彼女の足元の地面に水滴が落ちていく。


「そして、済まなかった。いかような理由があろうと、妾はお主達を手にかけようとした。これは全て妾がやったこと。他の九尾は関係ない。妾であれば如何様いかようにもして構わぬ。どうか、他の者は許してやってくれ」

「麗姫様、なりませぬ! 我らは、同胞の危機に何も出来ず、静観していた身。罰を受けねばならぬのは我らです」


 九尾達は口を揃えて彼女を庇おうとする。時と華も同じだった。


「お願いします! 私が捕まったのが悪いんです! 」

「麗姫様と華ちゃんは悪くありません! 元はと言えば私が……」


 私は三つ指をついて土下座する2人の肩に手を置いて立たせる。


「子供がそんなことしちゃダメよ」


 汚れた裾を払ってやってから、小さな頭を抱き寄せて撫でる。


「恨んでなんかいないから、安心して」


 立ち上がって、まだ頭を下げている大人の九尾達にも伝えた。


「私達は怒ってないから! みんな顔を上げて! せっかく憎い奴が居なくなったんだから、もっと明るくやりましょうよ」


 ついに悪党どもを倒したというのに、こんな状態ではお通夜も良いところだ。


 私は、辛気臭いのも誰かに謝られるのも苦手ただ。

 そんな顔をするより、笑ってくれた方が気分が良い。


「しかし、お主達はあの男共を滅してくれた……。あいつに、佳姫、この子達の母も」


 唇が切れるほど強く噛み締めながら、麗姫は後悔を顔に出した。


 彼女の過去に何があったか知らないが、悔やむこともあるのであろう。


 気の利いたことも言えずにいると、空から何か降ってくるのが分かった。


「雪……、いや、妖力? 」


 小さな妖力の粒は白く透き通っていて、私達に降り注ぐ。


「綺麗……」

「ほんまやなぁ」


 葵達も見惚れて空を見上げる。


 次第に大地に注がれた妖力が集まりだしていく。それは人の形を、いや九尾狐の形を取った。


「お母さん……? 」

「よし……ひめ」


 眩しくて象られた妖怪の顔は見えない。

 しかし、時と華、そして麗姫はふらふらとその光の集合体に吸い寄せられていった。


「大蛇に取り込まれていた妖力の残滓か……」


 空亡が呟くように言った。

 彼女達の母親は、殺された後にその力を大蛇に食われていたのだろう。


「時、華……よく頑張ったわね」


 鈴のように小さな声だったが、ハッキリと聞こえる。

 優しく耳元で語りかけてくれる、母を思い出す声色だった。


「お母さん……お母さん……! 」

「寂しかった……」


 2人は彼女に抱きつこうとするが、妖力の残滓である彼女には触れることができない。

 手は空を切るばかりだ。


「ごめんなさいね。最期に抱っこして上げられなくて」


 雨のように涙を流し続ける2人を、彼女も抱きしめようとするが、やはり手は届かない。


「佳姫……! すまぬ……、すまぬ……。妾が、お主のかけがえのない時間を奪ってしまった……! 」


 麗姫が彼女の足元で蹲るようにして懺悔を始める。

 一瞬だけ彼女の手が動くが、触れることができないことを思い出したのか、すぐに引っ込め代わりに優しく言った。


「もう、九尾の頭領様がそんなに泣かないで。私のためにしてくれたことでしょ? 」


 麗姫は泣きじゃくりながら、首を横に振る。

 彼女は、責め苦を受けたいのであろう。自分の罪に見合う責め苦を。


「大丈夫よ、私は待ってるわ。三途の川の前で、また会いましょう? 悪い人に騙されないように、たっぷりお説教してあげるから」


 口元に当てた手で、顔は見えずとも彼女が微笑んでいるのが分かった。


「佳姫、妾を責めてくれ! 罰を与えてくれ! そうでなければ、妾は……」

「麗姫、そんなもの受ける必要ないわ。でも、お願いなら1つだけあるの」


 麗姫が叩かれたように顔を上げると、佳姫はそっと顔を近づけて言う。


「この子達をお願い。私の代わりに育てて」

「妾にそのような資格など……」

「私も、この子達も、あなたのことが大好きよ? それで十分じゃない」


 涙を堪えた時と華は麗姫の胸に飛び込み、頭を擦り付ける。


「じゃあ、またね」


 次第に薄くなる佳姫の体が、別れの時間を告げている。

 時と華は手を伸ばそうとしたが、それを途中で止めた。


 空へと上がっていく彼女は、3人へ手を振っている。


「時、華。麗姫はきっと貴女たちのこと甘やかし過ぎちゃうから、気をつけてね」


 彼女は死にゆく。しかし、それは永遠の別れではない。

 三途の川のほとりでながい彼女達の一生が終わるまで待っているだろう。


 時々、こちらを見下ろしながら。

 あの人のように。


 時と華をきつく抱きしめる麗姫と、その胸の中で泣く2人の姿は、まさしく親子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る