第51話 常世迦具土
空亡が持つ刀は、酷く錆び付いていて、刃こぼれで刀身もボロボロだった。
だが、身震いするほどの妖力がそこには感じられ、私はただ眺めるしかできない。
「馬鹿な……なぜ、貴様が亡雫を……」
男は手を震わしながらも、大蛇を空亡に向かわせる。
しかし、刀を1度振るっただけで首が斬り飛ばされた。
「妖怪が、武器を使うのか……? 」
男は大層驚いた様子で、空亡を見すえている。
通常、妖怪は武器を使わない。彼らは自身の圧倒的な身体能力と妖力による強化によって戦う。
知能が高い妖怪でも、概ねそれは変わらない。
空亡が持っているそれは、知能を持った大妖怪であることを考えても、極めて異質なものであった。
「こりゃあいい。気分が良いよなぁ、弱虫のイキリを殺すときってのは」
彼はおもむろに、刀を大蛇に向けた。
そして、余った左手で印を結ぶ。
「ぎゃあああああああ!! 」
耳を潰すような絶叫。大蛇の体の内側から
「拡散、縮小、移動、俺の空間制御は言うなれば万能。神亡はそれを増幅させる」
さらに空亡は、神亡を宙に放り、また合掌の格好を取った。
「“常世迦具土”」
彼が常世迦具土を使うことは滅多になかった。雑魚の妖怪など、『現世』と『幽世』だけでなんとでもなる。少し強い妖怪でも、『
故に、私はこの技の効果を知らない。
「その技は結界さえ張っていれば……」
空間ごと敵を圧縮する技。私もおそらくはあの男もそう思っていたのだろう。
男は自分と大蛇の周囲に結界を張ることでそれを防いだ。
結果として、彼らは妖力に押し潰されることは無かった。
この技の真の効果には対処しきれなかったようだが。
「何を勘違いしてる? 」
空亡は落ちてきた神亡を掴み、再び大蛇に向けた。
「これはそういう技じゃねぇよ」
彼、いや私達の周囲。
何かが私達を取り囲んでいる。
薄らとおぼろげだったそれは、次第に色を強め、姿を見せた。
――目だ。
空間に点在する無数の
「こ、これは……!? 」
男は周囲を見渡し、自分達を見る目に向かって手裏剣を飛ばす。
だが、まるでそこには存在しないもののようにすり抜け、傷1つとしてつかない。
「『常世迦具土』は、俺の妖力量とその出力を引き上げる技だ」
つまり、この技を行使する時に膨れ上がった彼の妖力は、“技を発動するために引き上げたもの”ではなく、“技によって引き上げられたもの”だったということだ。
相手を圧死させていたのは、あくまで副産物であって、主目的ではない。
自らにバフをかけることこそが、『常世迦具土』の発動目的だ。
「『常世迦具土』と『神亡』、両方の強化が入った状態で別の技を使うと、どうなるかな」
「ちょっと空亡! あんた日本列島消すつもりじゃないでしょうね! 」
「さすがに加減はするさ」
ただでさえ圧倒的な彼の妖力。それに強力なバフ効果が2つ加算される。
本当に国ごと消し飛ばしてもおかしくない威力の技が繰り出されるだろう。
「莉子にも暴れさせてやりたかったが、時間も無いんでな。次の機会まで我慢してくれよ」
「私そんな戦闘狂じゃないから……」
本音を言うと、あの男だけはもっと殴ってやりたが、仕方がない。
華を助け出さなくては。
「ごちゃごちゃ何言ってやがる! やれ、大蛇! 」
大蛇の9つの首が空亡に向かって口を開く、あるものは炎を、あるものは水流を、あるものは毒息を。またあるものは、彼を捕食しようと。
多様な攻撃方法をもってして空亡に迫る。
彼は刀を持っていない左腕を突き出し、そこに妖力を集中させる。
禍々しい妖気が集約され、形となっていく。
人間2人分ほどの大きさはある妖力の塊。丸いボールにも見える、黒い球体が彼の前に展開された。
「“幽玄神威”」
大気を引き裂き、そして巻き込みながらそれは放たれた。
大地も雲も、その妖力の引力に引かれる。地は浮き上がり、空は沈む。
声は無かった。あのけたたましい大蛇の鳴き声も、声を上げる暇がなければ出てこない。
口を開き、苦悶の表情を見せながらも、大蛇は妖気の中へと消えていった。
シンとした時間が一瞬。
「本当に消し飛ばしちゃうなんてね。空亡、あれ人がいるところでやっちゃダメよ? 」
「分かってるよ」
あんなものを集団戦の中で打たれたら、人間など跡形も残らない。
あれは個人戦か、私との共闘時限定であろう。
「ハァッハァッ……」
上から声がする。
飛んでいる私達よりもさらに上。そこに男はいた。
体が半分ほど無くなっているが、まだ息をしている。
「まだ生きていたのか」
空亡が言うよりも早く、私は男に飛びかかった。
「や、やめ……」
「“竜骨”! 」
血だらけの奴の顔面に渾身の『竜骨』をぶち込む。
男の顔は象に踏まれたように変形し、そのまま地面に叩きつけられた。
「やっぱ悪いやつを殴るのは気分爽快だわ! 」
***
爆発のような音と共に、砂塵が舞い上がった。
誰かが落ちてきた、と麗姫達が認識する前に、華のうめき声が聞こえる。
「う、ううん……」
「おねぇ、ちゃん……」
九尾の狐の生命力である。体が切断された状態から一瞬にして欠損を修復し、華は起き上がった。
時が抱きついて、きつく抱擁する。
2人の首には、もう枷は無かった。
「おねぇちゃん……おねぇちゃん……」
「ごめん、心配かけちゃったね」
「肝が冷えたぞ、華」
3人が安心する横で、拓真もまた目を覚ます。
「西郷はん……! 心配したんやで! 」
何者かが墜落してくる前、男の分身が消え去った。
霊力を使い果たした今川は、腰を抜かしながらも、拓真を抱きしめている。
「ちょ、おい! 当たってる! 色々と! 離れろやぁ! 」
「ははっ! いつもの西郷はんや」
皆、天から降ってきた者が誰かは分かっていた。
消えた分身。外れた首輪。
それは、術者が倒されたことを如実に物語っていた。
***
空から降りると、全員が、誰かしらと抱き合っていた。
泣く双子をあやす様に抱える麗姫。
西郷の顔を自分の胸に押し付けている今川。
戦いは終わっていた。
「ぐ、うう……」
「うそ、まだ生きてるの……」
虫のようにしぶとい男である。
しかし、もはや力は残されていないようだ。
「麗姫と、時と華ちゃーん」
私は九尾の3人を呼び寄せる。
「こいつ、もう何もできないから、好きにしちゃっていいわよ」
こいつに対して最も恨みがあるのはこの3人だろう。
私はその場から背を向け、その場を後にする。
***
男が見たのは、3匹の狐の顔だった。長い体毛に覆われた巨体を持っている。
大人が一匹、子供が2匹。
九尾を揺らし、細長い目で男を睨みつけている。
子供でも、大人の人間をゆうに超える大きさの狐は、口を開くことなく、頭の中へと言葉を挿入する。
「お母さんの仇」
「許さない、許さない」
「少しずつ、殺してやる」
絶叫が、山に木霊した――。
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