第48話 救出

 空中で息を切らしながら、今川は私を見据えて懇願する。


「お願いします! 殺そうとしといて、こんなん虫が良すぎるって分かってる。何でもする! 西郷はんを助けて! 」


 空亡の力を頼りにしてきたのだろうか。あの金髪の男を助けてくれ、と何度も頭を下げる彼女の目には涙が浮かんでいる。


「いいわよ」


 もとより断る気などない。あの赤髪の男はいけ好かないし、何より葵との約束もある。

 そして、私は聖人を気取るつもりはないが、救える命を無視するほど心を捨て去った覚えもない。


 今川は口を開けて呆気に取られている。すんなりと交渉が成立したことに驚いている様子である。


「葵と約束したのよ。仲間は誰も死なせないって」

「あ、ありがとう! 恩に着る! 」


 とりあえず、私は今川について行くことは確定した。


 下を見ると、まだ男の仲間がウヨウヨとしている。どこからあの兵力を調達してきたのか。


「葵とキャシーはここに残って雑魚どもを片付けてくれる? 」

「リコちゃんは大丈夫なの? 空亡は使えないんじゃ……」

「大丈夫よ」


 何か特別な策がある訳でもない。かと言って、ヤケになって特攻する訳でもない。

 私の自信のタネは至ってシンプルなものだ。


「分かった。気をつけてね」


 そう言うと、葵は一目散に雑兵の元へ飛んで行った。


「あ、あの! 私達も連れて行ってください! 」


 離れた場所にいた時と華はいつの間にかそばにいて、私に頼み込んでくる。


「あいつらは、お母さんの仇です。何か、できることをしたいんです」


 母を奪われたこの子達の無念は察するに余りある。

 私は2人を連れていくことにした。もちろん、麗姫にも来てもらう。


「さぁ、行きましょう」

「うちに着いてきてや! 」


 ***


 拓真は今にも途絶えそうな頼りない呼吸を繰り返していた。

 上半身は半分が吹き飛び、右目は潰れ、左足も無い。


 常人であればとうに死んでいるであろうが、彼は治癒術をかけ続けて何とか延命していた。


「中々やるな。嬉しいぜ、子孫が強いと」


 嘉則には傷1つ無い。彼は自らの分身に戦わせ、自分は一切戦闘を行っていない。


 拓真は霊術が通用しない女郎蜘蛛を相手にせず、分身とだけ戦った。

 しかし、無限に湧いてくるそれに対抗する手はなく、ここまで追い詰められてしまった。


「もう抵抗する気力も無くなっちゃったかしら? 」


 拓真の体を脚で挟むようにして、女郎蜘蛛は彼を持ち上げる。


「もう食べちゃってもいいわよね」


 女郎蜘蛛の人間の形をした上半身が真っ二つに割れる。

 割れ目から覗く鋭い牙が、拓真を噛み砕こうと蠢いていた。


 ――直接、言っておけば良かったな……。


 想い人の笑顔を頭に浮かべながら、彼はゆっくりと落ちていく。


「“ライコウ”! 」


 そんな彼の体を、巨大でしかし優しい手が包み込んだ。


 彼を潰さぬように慎重に握り込めたライコウは、すぐさま女郎蜘蛛から飛び退き、主人の元へ拓真を降ろす。


「今……川……」

「じっとしてて」


 今川は彼の体を抱き抱えると、治癒術をかけ始めた。

 みるみるうちに体は再生していく。


彼女を攻撃しようと、飛びかかってくる分身をライコウが切り裂く。

また、2人の九尾の幼子が分身の間を飛び回ってかく乱し、隙を作った所をライコウが斬り伏せていく。


 その前に踊り出る影がさらに2つ。


「九尾の頭領と、莉子……? 」


 ポニーテールの黒髪が風にゆられ靡いている。美しい横顔から見えるその眼光は、鋭く嘉則を睨んでいた。


「あいつの狙いはお前だぞ……! 何しにきやがった……! 」


 重傷を負いながらも、拓真は必死に叫んだ。莉子、亡雫は興亡派にだけは渡してならない。


「そんなの決まってるでしょ」


 莉子は拳を自分の手のひらに打ちつけ、パンと音を鳴らした。


「ムカつく奴をぶん殴りにきたのよ! 」

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