第46話 呪縛

「あのデカイのはあんたと麗姫に任せるわ」


 空亡は本気で暴れるつもりだろう。それならば、私達は邪魔をしない方が良い。


 私は化粧女に殴りかかった。


「くっ! 」

「無駄だよ! 」


 女が展開しようとした結界は葵によって解除される。


「“竜骨”! 」

 竜骨が女の腹に叩き込まれた。体をこの字に曲げながら、彼女は宙に吹き飛ばされる。


「“四重結界 撃式”」


 その隙を見逃さずに、葵が結界によって作られた針をその体に突き刺していく。

 シャワーのように血を噴出させながらも、女はなんとか体勢を立て直した。


「チッ、いくら何でもこんな痛い目にあうなんて聞いてないわよ」


 再びレイピアを構える彼女の背後にキャシーが回り込む。

 鋭い爪が生えた前足で薙ぎ払い、確実に相手の肉体を損傷させていく。


 女はその傷も治癒術で回復させるが、明らかに霊力が弱まっていた。


 ――余裕そうだった割に大したことないわね。


 彼女自身も切り札であろう大蛇も、まるで強くない。

 これで空亡をどう相手にしようと思っていたのか、疑問が脳裏を掠めた。


「“天津 落日”」


 天から降り注ぐ大量の光線が、私達の体のすぐそばを通り越した。


 直撃した地面はひび割れ、大地震のような大気も揺るがす振動はとどまるところを知らない。


「ちょっとあいつ、この辺り一帯どころか日本列島を沈める気? 」


 久しぶりに暴れることができて嬉しいのだろうか、今の彼は手加減というものを知らない。


「“陽炎万火”」


 それは麗姫も同じようで、森を焼き、大火事を起こしながらも大蛇を圧倒していた。







 炭化した木々が焦げ臭い匂いを放っている。空亡と麗姫の攻撃に、自然は耐えきれていなかった。


 大地は裂け、その上層は焼き払われている。

 それを受けてもなお大蛇は再生し続けていた。


「埒が明かぬぞ」


 麗姫は面倒くさそうにそう吐き捨てると、火炎を手に浮かべ大蛇に発射した。

 大蛇の体は爆炎に包まれ、炭と化していく。だが、瞬時にそれを回復しまた動き始めた。


「しょうがねぇ。消費がバカにならねぇが、やるしかないか」


 空亡は両の手を合わせ合掌する。瞬間、山全体が彼の放つ力に取り込まれるようにして震え始める。


 力を貯めている段階にあって、既に地が割れ、その瓦礫が宙に浮き始めた。


「“常世迦具土とこよかぐつち”」


 その肉体から解き放たれる妖気は、瞬く間に大蛇を包み込み、圧縮していく。

 巨大な妖力によって大蛇の体を潰しているのである。いくら再生能力が高いと言っても、再生するところが無いほど潰されれば、復活することはできない。


「が、あああああああああ!!! 」


 鼓膜を破るほどの絶叫が空に反響する。

 しかし、その声もまた押しつぶされやがて聞こえなくなった。


 空亡が大蛇を丁度すり潰し終わった頃合いであった。






「それを待ってたのよ! 」

「何を……!? 」


 突如として、莉子達と睨み合っていた女が、空亡にレイピアを投げつける。


 術を使うのに必死になっていた空亡はそれに反応できず、刃はそのまま彼の心臓を貫く。


 女は武器を手放した隙を突かれ、莉子の竜骨を顔面に受けた。そのまま落下していく彼女だったが、口元には笑みを浮かべている。


「これは、天之尾羽張の欠片か!? 」


 空亡にとって、この程度の傷など大した問題ではない。

 だが、レイピアは紫色に光るとそれは空亡の体を包み込んだ。


 彼の体は、煙が消えるようにしてなくなり、そこには誰もいなかったような感覚もする。

 完全に霊体化していた。


「空亡を呼び出せない……」

「封印されたってこと? 」


 葵が聞く。

 本来式神である空亡は主人である私が呼び出せば、霊体の状態であればいつでもどこでも瞬時に現れる。


 しかし、今はそれができない。


「おそらく、封印ではない。奴を封じることなど、仮に神の力を使ったとしても容易ではない。ましてや、神具の欠片ごとき力では不可能じゃ」


 着物の袖に腕を通しながら、麗姫が説明する。


「これは、式神と主の通信を絶ったのであろう。あの武器が楔となってお主と空亡の式神契約を邪魔しているのじゃ。こうなっては、空亡の方から出てくるしかない」

「それって……」


 式神契約にはいくつかの条件や約束事を決めるのが普通だ。

 式神が勝手に出現することは“基本契約”で禁じられている。つまり、術者達が何もしなくても契約を結んだ段階で自動的に禁則事項に盛り込まれる。


 特別に項目を設定しなければ、基本契約を覆すことはできない。


 つまり、普通に考えれば空亡は二度と使役できないことになる。


「みんな! 」


 私が口を開きかけた時、息を切らした葵の同僚、今川が駆けつけてきた。


「あ、明那ちゃん! 向こうは終わったの? 」



 彼女は張り裂けそうな声で叫んだ。


「西郷はんを助けて! 」

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