第45話 人外

 大蛇から放たれた毒霧は、灼熱の熱波で焼き尽くされた。

 私は空亡に治癒をかけてもらって毒を抜いた。


 女の仲間は麗姫の放つ妖気に耐えきれずに焼死したようである。

 生き物が燃えた時徳郁の嫌な匂いが鼻をついた。


「なぜ生きている……! 妖力は完全に……」

「俺の腹の中にいたからな」


 狼狽える女に、空亡が答えた。


「そいつと同じさ。1度麗姫を食って消化して外に吐き出したのさ」

「ば、馬鹿な! そんな一瞬で大妖怪を消化できるはずがない! 」


 女は唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。


「俺を誰だと思ってる? 」


 女は何も言えなくなったのか、嗚咽を漏らすのみ。

 だが、すぐにレイピアを握りしめ大蛇に指示を出し始める。


「今更一匹増えたところで! 大蛇、全員食っちまいな」


 大口が広がる。1つが炎を、1つが水流を、そしてもう1つが毒を吐き出した。


「“奇炎壊陽”! 」


 麗姫が地面に手をつき、妖力を流し込む。すると、大地から次々と炎の柱が立ち、たちまちのうちに毒霧を燃やし尽くした。


「“幽世”、“現世”」


 空亡は大蛇の炎を空間ごと飛ばし、逆に大蛇に当てた。

 自らの炎で焼かれる大蛇であったが、すぐに再生し元に戻る。


「“四重結界 守式”」


 葵が左手で印を結びながら、結界を張る。大蛇の水流は人が受ければ体がバラバラになるほどの水圧だったが、それでも彼女の結界は貫通できなかった。


「“龍の髭”」


 敵の攻撃が全て無力化されたところで、私は大蛇の腹に掌底を当てた。

 横一文字に裂かれる大蛇の腹。苦悶の唸り声を上げながら、その巨体が宙を待った。


「大蛇を吹っ飛ばした!? 」


 私は追撃のため、次は女の方へ向かった。

 敵の数は少ない方が的を絞れてよい。


「“竜骨”! 」

「くそっ! 」


 竜骨を食らわせようとしたが、彼女は結界でそれを防いだ。

 私の攻撃を防げる結界を張れるということは、かなりの使い手である。


「結界術は得意なのよ! 」

「ふーん、そうなんだ」


 女の背後に葵が迫る。

 彼女が結界に手を当てると瞬く間にそれは崩壊した。


「硬さは十分だけど、作りが雑だね。ポテチの袋より簡単に開いちゃうよ」


 彼女は右手に持っていた短刀で女の腹を突く。痛みに苦しみながらも、女は何とか距離を取った。


 既に大蛇の首は復活しており、4本ほどは麗姫が相手にしていた。


「“呪焔じゅえん”」


 麗姫の体から発せられた妖力で彼女を囲んでいた大蛇の首が燃え上がる。


「人外どもが……」


 唾を吐くように言うと、彼女はレイピアを大蛇に向ける。



「大蛇! さっさと来なさい」


 地面が裂け、大蛇の首が迫る。


 ――この首か……


「空亡、何もしないで」


 守ろうとする空亡を制し、私は少しだけ身をかわした。

 大蛇の牙は私の左腕を噛み砕き、そのまま引きちぎった。


「あああああああ!! いったああああああ!! 」


 想像していた以上の激痛に、私は目に涙を浮かべながら絶叫する。


「リコちゃあああん! 」


 葵が悲痛な悲鳴を上げながら、涙を流しつつ私に飛び寄ってくる。


 私の腕に治癒術をかけながら、彼女は大声を上げた。


「なにやってんの!? なんで避けないの!? 」

「作戦通りよ」


 キャシーを助け出すには、彼を呼び起こして自力で出てこさせるか、大蛇の腹を捌いて救出するしかない。

 大蛇は見たところ不死身だ。殺すのは容易ではない。


 であれば、キャシーには自分で起きてもらわなければならないだろう。


「キャシーは、私の血を舐めて妖怪になった。私の腕を食べればまた妖力は増すわ」


 私の左腕を食った首は、翻って口を開ける。

 葵が結界で防ごうとしたが、その必要は無かった。


 大蛇の首が内側から裂けるように破れる。雨のように血が飛び散る中、体を赤く染めたキャシーが、首から現れる。


「ごめん莉子、ちょっとだけ油断した」

「おかえり、キャシー」


 見ると、女は体を震わせながら強くレイピアを握りしめている。


「次から次へと増えやがって! 全員まとめて大蛇の養分にしてやる! 」


 彼女の周りに大蛇の首が全て集まってきている。

 この期に及んで私達を捕食できるつもりでいるらしい。


「葵、この付近に人は住んでるか? 」

 空亡が葵に問いかける。


「いや、ここら辺は一般人は立ち入り禁止だから住民はおろか、通行人だっていないよ。妖怪が多すぎて普通は入ってこれない」


 彼はニヤリと笑う。


「そうか。じゃあ、更地にしても問題ないな」

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