第42話 共闘

「キャシー? 」


 謎の爆発の直前、何か違和感を感じた。

 先程まで脈打つように強く感じていたキャシーの妖力が、弱々しくなっている。


 何かアクシデントがあったのでは、と頭によぎる。


「どうした? 」


 私が戦っていた祓魔師は自分で治癒術をかけ、私がつけた傷は全て治っている。

 さすがにもう戦う気はないようだ。


「リコちゃん……! 」

「西郷はん! 良かった、生きてた」


 息を切らした葵と、糸目の巫女。

 説得も成功したようで、首尾はよし、と言いたいところだが。


「キャシーの妖力……」

「分かってる。でも、死んではいない。何か、混ざってる? 」


 弱くなったものの、キャシーの力が完全に消えた訳では無い。

 あの子の力と、何か別の異質な力が溶け合っている。気持ちの悪い感触だ。


 私がその違和感について答えを出せずにいると、地面を擦るようにして落ちてくる影が2つ。


「良かった……! まだここに居た! 」

「あの時の……? 」


 時と華、だっただろうか。幻術で作られたものでは無く、モデルがいたようだ。

 耳と尻尾生やした姿をしている。


「あの猫さんが危ないんです! 」


 どうやら悪い予感は当たったようである。


「落ち着いて……詳しく話して」





「なるほどね。それでキャシーは負けてしまった、と」

「負けた? やられちゃったんですか!? 」

「安心して。多分死んでいないはずよ」


 赤髪の男はかなり危険だ。キャシーが後れを取る人間がいるとはにわかに信じ難いが、相当の使い手であることは明白である。


「空亡」


 私は万一に備え、空亡を呼び出しておくことにした。


 彼は私が呼び出すと、すぐに現れた。口元に血がついている。

 彼の姿を見た双子の九尾は、開口一番に尋ねる。


「あの……麗姫様は……? 」

「……殺したよ」


 2人の目に涙が浮かぶ。静かに雫を落としながらも、華は気丈に振舞った。


「戦った上でのことです。それは、仕方がありません……」


 妖怪特有の倫理観なのか、死力を尽くした上で殺されたなら恨みっこ無しということであった。


「空亡、キャシーの妖力が弱くなって別の何かと混ざりあってる。なんだか分かる? 」

「そいつは多分、ほかの妖怪に食われたんだろ」


 食われた、と聞いて思わず拳を握りしめたが、努めて冷静になる。


 ――落ち着け。まだ死んではいない。


「妖怪を捕食すれば、その力を得る。キャシーの妖力が捕食者と比較して差が小さかった分、消化に時間がかかってるんだろう」

「取り戻す方法は……? 」

「消化される前に中にいるキャシーを起こして自力で出てこさせるか、捕食者を殺して無理やり腹を捌くかだ」


 私は心底安心した。


 ――なんだ。単純じゃない。


 しかし、空亡の説を採用すれば敵はキャシーを捕食できるほどの妖怪を使役していることになる。

 しかも、妖怪を食べたことで力も増している。


 私は討魔庁の2人に目をつけた。


「あなた達、討魔庁の人間なんでしょ? 手伝ってくれない? 」


 2人は顔を見合わせてしばし考える。


「良いぜ。どうせあんたを連れ帰るのは無理そうだしな」

「悪い霊術使いを捕まえるのも、うちらの役目やしな」


 葵と同じ特殲の戦力が新たに2人。戦力の確保は十分だろう。


「ねぇ、あなた達はなんで人間なんかに捕まってたの? 」


 ここは九尾の山だ。仲間に危害を加えるなど、この子達の親や他の九尾狐達が黙っていないだろうに。


 華は音が聞こえるほどに歯を噛み締めて言った。


「あいつら……同族に化けて、病気のお母さんを治してやるって言って近づいてきたんです。幻術が上手くて、見破れなくて……」


 彼女が握る拳から血が垂れ、地面がそれを吸っていく。


「弱ってるお母さんを、私達の、目の前で殺した! こんな首輪まで付けて、私達の妖力を封じて人質にとって、麗姫さんや他の同族が手出しできないようしたんです……! 時はショックであまり喋らなくなって、殺してやろうと思ったけど、できなくて……! 」


 無念からくるどうしようもない涙が、流れる血液より痛々しく見えた。


 私は、自分の胸に熱いものが込み上げてくるのがわかった。

 強く激しい怒りが、心臓を高鳴らせ闘志が湧き上がる。


 2人を抱きしめて頭を撫でながら耳元で言う。


「絶対、仇取るからね。ねぇ、良いでしょ? みんな」


 顔を上げると、皆が私と同じ顔をしている。

 全員があの男に対して怒っていた。強く頷きを返す。


 瞬間、地面が揺れた。

 地震と錯覚するようなその揺れに、私達は崩しかける。


「なに、あれ……!? 」


 山より大きな蛇の頭が8つ。遠くに見えた。

 離れた場所にあってなお、私達を囲う大木より巨大な頭は、何かを食べようとしているように見える。


 その中に、確かにキャシーの残滓を感じた。


「キャシーを食べたのって……! 」


 間違いない。あの蛇の中にキャシーがいる。


「全員お集まりのようだな」


 振り向くと、赤髪の男がそこに立っていた。

 その背後には、仲間であろう僧衣を纏った人間が数十人控えている。


「お前たちはあっちの蛇の方に行け」


 祓魔師の男と、糸目の巫女が前に出た。


「仲間を助けたいんやろ? こいつはうちらが何とかするから、行ってき」

「ありがとう」


 私は双子の妖怪を引き連れ、空亡と葵と共に大蛇の討伐へと向かう。

 霊力の全開にして最高速度で空を飛んだ。


 ――待っててね、キャシー。その汚いところから、出してあげるから。

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