第41話 捕食者

 巨大化したキャシーの重さに耐えきれず、ばきばきと音を立てて天井が崩落する。


「なに!? 」


 男が驚いている間に、彼は時と華を口にくわえて壁を突き破って外に出る。


「あなた、妖怪? 」

「大丈夫。敵じゃないよ」

「喋れるの!? 」


 2人を背中へと移動させ、空を跳ねるようにして飛びながらキャシーは逃走を図った。

 彼は赤髪の男を危険だと判断した。


 野性的な本能が男を絶対的な強者だと認識させたのだ。


「なんだこの猫は!? 」


 僧衣を纏った男の仲間。恐らく霊術師である。


 彼らは一様に印を結び、キャシーの拘束を試みた。


「邪魔だ! 」


 前足で敵を払いのけ、速度を落とすことなく駆け抜けていく。


「“残影ざんえい”」


 空気を掴んで空をかけていたキャシーの足元から、赤髪の男が現れる。


 ――僕の影から!?


 男は即座に刀を抜いて斬りかかり、キャシーの足に傷をつけた。


「こんな化け猫まで飼っていやがったか。この妖力、大妖怪にも肩を並べる。何者だ、貴様たち」


 刀を逆手に構えながら、男はこちらを睨みつける。


「2人とも、逃げて! 」


 一瞬戸惑いながらも時と華は背を離れ、全速力で逃げ出した。

 だが、男は戸惑いを見せない。


「くくっ、予定変更だ。あの娘共より、お前の方がも気に入るだろう」


 ――こいつ、何を考えてるんだ? 人質がいなければ麗姫も……。


「さぁ。糧となれ、三又よ」


 男の体が突如として影に熔け、空から消える。

 その次の瞬間には、男はキャシーの上から斬りかかった。


 しかし、キャシーは軽やかに身をかわすと男の顔面に爪を突き立てた前足を叩き込んだ。


「“影代わり”」


 手応えはない。影を殴ったように、男は黒い霧となって消え、同じ場所に現れる。


「“千夜影狼”」


 男が印を結ぶと、彼の影が変化した。

 無数の人型となり、その影がまた人型を生み出していく。


 一瞬にして50を超える分身が完成し、一斉にキャシーに襲いかかった。


「くっ! 」


 キャシーも何とか致命傷は避けるが、その巨体では細かい連続攻撃を防ぎ切ることはできない。


 2つ3つとその身体に切り傷が刻まれていった。


 ――“叫雷きょうらい


 竜巻のような強風を伴いながら、咆哮が鳴り響いた。

 赤髪の分身を一気に吹き飛ばし、その本体にも衝撃波によるダメージが及ぶ。


「やはり化け物の仲間は化け物だな」


 頭から血を流しつつも、男は笑みを浮かべ、むしろキャシーの力に喜んでいるようにさえ見えた。


「その力があれば、奴も……」

「何を言っているのか意味が分からないけど、莉子の敵なら容赦はしない。この場で殺す」


 三又の猫のその双眸に捉えられても、男は微動だにしない。


 その4本の足に妖力を流し込み、キャシーは男に飛びかかる。


 男は避けようとしない。


 ――なぜ避けない!


 戸惑いながらも、その口を大きく開いて男の頭に噛み付こうとする。



 下に、大地に光るものが見えた。


「食え! 大蛇おろち! 」


 山をも飲み込む、巨大な蛇の口。

 鋭い牙が生え揃ったその口を、キャシーは目に見た。


 しまった、そう言葉に出す暇もなく、三又の猫の身体は蛇の口に収まり、噛み砕かれた。


 パキ、パキと骨が砕ける音に、赤髪は恍惚とした表情で耳を傾けていた。




「大蛇よ、手始めにこの山の九尾、全員食ってしまおうか」


 離れたところで爆炎が上がるのが見える。


「邪魔な頭領様も死んでくれたようだし、空亡は計画通りやれば良い」


 蛇は身体をくねらせながら、大地へと戻って行った。





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